●ブライアン・ウィルソン/ペット・サウンズ・ライブ

ちょっと涼しかったり、かと思えばすごく暑かったりと調子がくるってしまうような今日
この頃ですが、皆さんお元気でお過ごしですか。ワールドカップの日本は残念でしたね。
トルコ戦はおしい場面もたくさんあったのに、まるで神様に意地悪をされているように得
点に結びつきませんでしたね。また4年後に期待したいですね。

さて皆さんは、よくある<無人島に1枚だけもっていきたい愛聴盤>というのは何ですか
?。私は、ビートルズのサージェント・ペッパーと並べて相当迷ったすえに、このアルバ
ムを選びます。それは、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』です。1966年発表の、
<誰もが大人になるにつれて失っていく純粋さの喪失>をテーマにした見事なトータル・
アルバムです。フィル・スペクターお抱えのレッキング・クルーと言われたスタジオ・ミ
ュージシャンを駆使して、この信じられないくらい美しい音楽を創造したのが、当時弱冠
23歳だったビーチ・ボーイズのリーダー、ブライアン・ウィルソンです。
「私は毎日ペット・サウンズを聴いては泣いた」
ビートルズのポール・マッカートニーの言葉です。このアルバムにこめられた魔法は、現
在でもなお僕の感情を深く揺さぶります。

"一緒に暮らせたら素敵だろうな。うんと素晴らしいだろうな、おやすみと言った後も一
緒にいられるなんて"《Wouldon't It Be Nice》、
"きみの望むような相手になろうと努力しているんだ。もっと強い人間になろうと頑張っ
ているんだ。でも、しくじっちゃうときもあるんだよ"《You Still Believe In Me》、
"一人でやれるってことを何としても証明したかったんだ。僕にとって大切なのは愛する
人のためにどんな自分になれるかっていうこと"《That's Not Me》、
"何も言わないで。僕の胸の鼓動を聴いておくれ。さあ、静かに、そっと"《Don't Talk 
( Put Your Head On My Shoulder》、
"君がまた人を愛せる時を、僕はずっと待ち続けているんだ"
《I'm Waiting For The Day》
"永遠に君を愛さないかも知れない。だけど君の上に星が輝き続けるかぎり、君は少しも
不安になることはない。君なしの僕がどうなってしまうか、神様だけが知っているのさ"
《God Only Knows》
"自分の力だけでやっていけると思っている人達がたくさんいるのを知っているよ。そん
な人達に何が言える。ちゃんとした答えがあるのが僕には解る。だけど自分でそれを見
つけださなくちゃね"《I Know There's An Anser》、
"愛は今すぐ目の前にあるけれど、明日になればすぐに消えてしまう。目の前にあっても
、あっというまに消えてしまうんだ"《Here Today》、
"自分が溶けこめる場所を探し続けているんだ。頭がいいねと皆が言ってくれるけど、親
切にしてくれる人は誰もいない。時々とても悲しくなるんだ。僕って今の時代に向いて
ないのかなって"《I Just Wasn't Made For These Times》

思わず、トラディショナルフォークのバッハ風カバー《Sloop John B》以外の全曲の歌詞
を載せてしまいましたが、これらのイメージが複雑だけど美しいバッキングトラックとビ
ーチ・ボーイズのハーモニーにのせて次から次へと流れ、それに伴って聴くほうの感情と
イメージもどんどんふくらんでいきます。どの曲も、そこ以外に考えられない位置に並ん
でいるせいもあるのでしょう。そして最後に茫然自失となって歩いているブライアンのイ
メージがイントロに重なり《Caroline,No》が始まります。

"あのロングヘアーはどうしたの。僕の知っていた"女の子"はどこにいっったの。
幸せいっぱいだったのに、どうしちゃったの。君をこんなにしてしまったのは誰?
君はいつも言っていたじゃない。"私はずっと変わらない"って。
心が張り裂けて、どこかに行ってしまって泣きたいよ。
悲しすぎるよ。あんなに素晴らしかった君が変わってしまうなんて。
キャロライン、どうして。
昔あんなに僕を夢中にさせたものを、もう一度君の中に見つけだせるのだろうか。
消え去ってしまったものを、取り戻すことができるだろうか。
ああ、キャロライン、だめだよ"

そしてこの曲の主人公の男性がトボトボと歩いているイメージが重なり、だんだんと踏切
りの音がしてきます。列車の音もせまってきます。彼のペットの犬たちが、それに気がつ
いて、吠え続けています。そして、そのイメージの男性はそのまま列車の轟音の中に消え
ていきます。

なんという、鮮烈なイメージ!
この鮮やかさは、このアルバムを初めて聞いたときから少しも色あせることはありません。

アルバムは完成され発売されましたが、ビーチ・ボーイズに「サーフィン・女の子・太陽
・海」といった従来どおりのイメージを期待するアメリカではこの風変わりな新しい音楽
に対応できず、期待どおりにヒットしませんでした。しかしイギリスでは2位を記録して
、熱狂的な支持を受けました。ビートルズのビデオ版『アンソロジー』でも、その当時の
思い出としてこのアルバムの話題がでてきます。そして36年が経過した今年(2002年)
、その感謝の意味もあってかロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで『ペット・サウ
ンズ』全曲演奏のライブ・レコーディングが行われました。『ペット・サウンズ』をライ
ブで再現することに挑んだ通称”ペット・サウンズ・ツァー”は2000年から全米各地で行
われてきましたが、ついに機も熟したのかその全貌をCDで聴くことができるわけです。
もちろんブライアンも、20代のときのような胸に迫るほど痛々しい声のはりはありませ
ん。曲によっては、オリジナル・キーよりも下がっています。それでもブライアンがオリ
ジナル盤でカットした《Don't Talk ( Put Your Head On My Shoulder》のハーモニーが
入っていたり、バート・バカラックに捧げて書かれた《Let's Go Away For Awhile 》に
バカラック風のホーンアレンジがされていたり、ボックスセットではっきりとわかったバ
ッキング・トラックの細かい部分までライブで再現されていたりと聴き所は少なくないで
す。中でもライブ盤で改めて気がつかされたのが、後半の《I Know There's An Anser》
から《Here Today》の盛り上がり部分です。このあたりはオリジナル盤より、魅力的な部
分かもしれません。しかしこのライブアルバムの素晴らしさがわかるのは、やはりオリジ
ナル盤を聴き込んでからだと思います。ブックレットにも書いてありましたが、このアル
バムはブライアンからの世界中の『ペット・サウンズ』を愛する人へのプレゼントなので
す。現在は輸入版しか入手できないようで日本版CDがでるのかはわかりませんが、聴く
順番を間違えないようにしましょうね。

では、また。