●メロディが生まれる瞬間/キース・ジャレット

皆さん、お元気でお過ごしですか。
何だかこの頃は、初夏のような暑い日があったかと思えば、また寒くなったりと、身体に
変調をきたしてしまうような日が続いています。皆さんの身体の調子は、お変わりないで
しょうか?。私は昔からこのような季節の変り目には弱く、身体がダルかったり、頭が重
かったり、なんとなく不調になることが多いのです。そんな季節は、自宅でノンビリと音
楽を聴くに限りますね。

そんなことで相変わらずいろいろなCDを聴いているのですが、最近読んだ2冊の本<E
CMの真実>と<Inner Views・Kieth Jarrett>の影響もあってキース・ジャレットのピ
アノを聴いていることが多いですね。なかでも昔からよく聴いているのは『ケルン・コン
サート』です。このアルバムは、キースのピアノソロのコンサートをライブで収録したも
のです。ちなみにこのアルバムは、皇太子妃の雅子さまの愛聴盤でもあるそうです。

初めて聴いた当時から感心してしまうのが、この美しいピアノソロが全編即興で演じられ
ているということです。そのあまりの構成の見事さに、あらかじめ作曲されていたのでは
という声もずいぶんとありました。しかし少しでもピアノで即興演奏をやったことがある
人ならば理解できると思いますが、作曲されていたかのごとくあるモチーフを展開しなが
ら即興演奏をしていくことは、優れた演奏家であれば不可能ではありません。それでもコ
ンサート全体を即興でやってしまう集中力には、やはり凄いものがあります。キース自身
の言葉で、「即興演奏とは1000倍の速度で作曲を行うことだ」というものがあります。
また、「聴衆が曲の展開を聴いているように、自分自身も演奏しながら聴いているんだ。
次はどうなるんだろうと、期待しているんだよ」という言葉もあります。つまり瞬間的に
作曲して、それを自分自身で聴きながら演奏しているわけです。意識的か無意識かはわか
りませんが、キースはそのような姿勢で全編即興ソロ・コンサートというものに挑んでい
たというわけです。
それだけに失敗してしまうこともあったようで、後にLP10枚組として発表された日本
各地での即興コンサートのライブ盤『サンベアー・コンサート』の録音で来日したときの
NHKホールのコンサートでは、全くきらめきの無い演奏で、楽屋に戻ったキースは涙を
浮かべていたというエピソードも残っています。しかしこの『ケルン・コンサート』のよ
うに音楽の神様が降りてきたとしか思えないときには、その感性が素晴らしい演奏となっ
て現れてきます。コンサート当日のキースの体調は、会場に到着したらすぐホテルのベッ
ドに倒れこんでしまうほど良くないものだったそうです。それでも直前に体調も回復して
コンサートも無事開催されたのですが、そんな体調だったキースは無意識に自分自身を癒
そうとしていたのではともいわれています。それが、美しくロマンティックなメロディと
なって現れたのでしょう。

そんな演奏が全編に渡って繰り広げられている『ケルン・コンサート』ですが、もっとも
素晴らしい瞬間をひそかにお教えしましょう。ジャズ喫茶でリクエストの多かった、CD
だと1トラックめのパートTや、4トラックめのアンコールも素晴らしいのですが、3ト
ラック目のパートU(b)にその瞬間は訪れます。はじまってから、きっかり11分30
秒のところです。6分50秒めあたりからそれまでの展開と変わり、演奏が本当に少しず
つメロディが生まれる予兆を孕みながら盛り上がっていきます。そして、この11分30
秒めに弾けるかのごとく花開くのです。まさに音楽の神が降りてきて、素晴らしいメロデ
ィが生み出される瞬間です。キース自身、思わず感嘆の声をあげています。そしてそれを
きっかけに、溢れるようにメロディが生み出されていくのです。即興演奏なので、完全な
形になる前にそのメロディは姿を隠してしまいそうになります。キースはもう一度そのメ
ロディを捕まえに行きます。そしてついに再びメロディを捉え、キースはまた感嘆の声を
あげるのです。私はこのメロディが生まれる瞬間を聴くたびに、涙がでそうになります。
なんて素晴らしい、インプロヴィゼイション(即興演奏)なんでしょう。皆さんも機会が
あったら、ぜひ聴いてみてくださいね。

では、また。