第6章 腎不全・透析療法

3. 腎性貧血

1 はじめに

              1835年にはBrightが腎疾患に貧血を伴うことを報告した。その後長らくその機序も不明のまま有効な治療もなく、輸血や蛋白同化ホルモンに依存する時代が続いた。1985年にヒトエリスロポエチン(EPO)遺伝子がクローニングされ、わが国では1990年にリコンビナント・エリスロポエチン(rHuEPO)が血液透析患者の腎性貧血治療薬として認可されて以来、腎性貧血の治療法は大きく変貌した。発売されて10年で腹膜透析患者や保存期腎不全患者に適応が拡大し、rHuEPOは腎性貧血患者に対し多大なる恩恵を与えた。また次の10年でrHuEPOの化学構造を変えるなど新しい腎性貧血治療薬の臨床応用が期待されている。

2 rHuEPO治療

              1999年12月末現在のわが国の統計でrHuEPOを使用している血液透析患者は全血液透析患者の81.4%であり、腎性貧血の主要な治療薬となっている1)。平沢ら(厚生科学研究班)の提言では、rHuEPOの投与開始時期はHt≦25%で、貧血に伴う自覚症状を認める症例あるいは貧血の改善が社会復帰に有利な症例としている。また目標Ht値を25〜30%とし、1500単位×3回/週より開始することを推奨している2)。しかし厚生科学研究班の提言は、1991年にわが国の臨床治験成績のみから導き出されていることから、目標Ht値や投与開始量などは多少の修正が必要と考えられる。海外では1997年に米国(NKF-DOQI)3)と1999年にヨーロッパ (ERA/EDTA Guideline)4)から腎性貧血に関するガイドラインが出されている。これらの基準なども加味して腎性貧血に対するrHuEPO投与の問題点について我々の診療内容を含んで記載する(表3.2.1)。

2.1 目標透析前Ht値

              米国の血液透析患者における大規模臨床試験ではHt 30〜33%の対照群にくらべ、Ht 30%未満で死亡のリスクは有意に増加するが、Ht 33〜36%としても死亡のリスクは減少しないか、やや改善すると報告されている5)6)。わが国の統計ではHt 25〜30%を対照群とし、Ht 25%未満ではHt値が低下するに従い死亡のリスクは有意に増加し、Ht 30〜35%で最もリスクが低かったとしている1)。これらのデータと保険診療上のしばりから血液透析患者の目標透析前Ht値はHt 30〜33%とするのが妥当と考える(表3.2.2)。

2.2 rHuEPO開始投与量

              わが国の1991年のガイドラインではrHuEPO投与開始量を1500単位×3回/週としており、その理由としてHt値上昇を1%/週以内とすることで高血圧の発症頻度が抑えられたためとされる。しかし、血液透析患者の平均体重52.0kg(♂:55.8kg、♀:45.9kg)1)で、体重換算すると86.5単位/kg/週 にすぎない。またrHuEPO使用にて合併する高血圧のうち、Dry Weight調節や降圧薬でコントロール不良の症例はごくわずかである。NKF-DOQIガイドラインではrHuEPOを静注の場合120〜180 IU/kg、週3回の分割投与を推奨しており、本邦の平均体重で換算すると6240〜9360/週となる。初回投与開始時(導入期)の患者の貧血を早期に回復し、社会復帰を促進する観点から、我々はrHuEPO開始量を3000単位×3〜2回/週より開始し、併発症に注意しながら増減することが望ましいと考える。

2.3 rHuEPO維持投与量

              rHuEPO維持投与量はNKF-DOQIガイドラインでは2〜4週ごとにHt測定を行い、Ht値が1ヶ月に8%上昇した場合か、Ht値が目標値を超えた場合に週間投与量の25%を減量することを推奨している2)。わが国ではrHuEPOはアンプル単位での保険請求となるため、現実的には週当たりの投与回数を減らすか、1回投与量を減らすことで急激なHt値の上昇は避ける。Ht値が目標値を超えた場合は2週間程度rHuEPOを休薬し、Ht値を再検して休薬前の半量または投与回数を減らし再開する。

3 鉄剤補充療法

3.1 鉄補充目標・投与量

              rHuEPO治療時には鉄が体内蓄積が充分あっても、その動員が遅れる結果、相対的鉄欠乏状態のためrHuEPOへの反応は低下する。相対的鉄欠乏の指標とはトランスフェリン飽和度(TSAT)≦20%またはフェリチン値≦100 ng/mlである2)3)。相対的鉄欠乏を予防することが必要で、この時期の鉄剤投与法は経口投与より静脈内投与が好まれる。腎不全患者では腸管からの鉄吸収が低下し、経口投与では十分な鉄補給が出来ないことと、2)経口鉄剤は胃腸症状を呈することが多いことや消化管出血を早期診断する際の妨げとなるためである。

NKF-DOQIガイドラインでは鉄50〜100mg/週を10週間投与することを推奨している(表3.2.1)。わが国の注射鉄製剤は鉄含有40mgのものが中心であることを考えると、40mgの注射鉄製剤を週3〜2回の間隔で10〜20回を1クールとして行い、鉄欠乏の評価を行ってその継続・中止を調節することが必要である。鉄評価として1〜2ヶ月間隔で定期的にフェリチン、血清鉄、UIBCの測定を行う。

3.2 鉄剤補充の注意点

              鉄製剤投与においていくつかの注意点がある。rHuEPO治療を行っていない鉄欠乏貧血では赤血球形成よりもヘモグロビン合成の障害が主因とされ、小球性低色素性貧血(MCV<85fL)が特徴的と言われている。しかし、rHuEPO使用時には正球性や大球性貧血であっても鉄欠乏状態であることがある。その理由はrhuEPOの造血刺激があると、前赤芽球→塩基好性赤芽球→多染性赤芽球→正染性赤芽球→網状赤血球といった分化のうち、正染性の段階をスキップするため赤血球が大きくなると解釈されている7)。このため、 rhuEPOを投与中の維持透析患者は、小球性貧血を呈さなくとも鉄欠乏状態を疑う。また、慢性炎症や悪性腫瘍などによりフェリチンが高値を示したり、低栄養状態ではTIBCの値が低くなるため、トランスフェリン飽和度(TSAT)>20%またはフェリチン値>100 ng/mlであっても鉄欠乏状態を疑う場合がある。このため貧血に関する生化学・血算値のみでなく、身体所見や貧血の経過・鉄剤投与歴なども参考にしながら評価を行うことが重要である。なおTSAT≧50%かつフェリチン値≧800 ng/mlであれば鉄欠乏による貧血ではないとされる3)。

3.4 rHuEPO治療抵抗性貧血

              rHuEPO治療抵抗性貧血は明確な定義はない。本邦ではrHuEPO9000単位/週投与でHt27%以下の場合をrHuEPO治療抵抗性貧血と定義されている。その原因は相対的鉄欠乏、出血が多いため問診を行うとともにスクリーニング検査を行う(表3.4.2)。TSAT>20%またはフェリチン値>100 ng/mlであったとしても前述したように鉄欠乏を完全に否定できないため、注射鉄製剤を1クール投与し診断的治療を行なってみるのもよい。その他に慢性炎症、悪性腫瘍、薬剤による造血障害などがある。また高齢者や術後患者では栄養補給低下に伴う低栄養状態による貧血を呈し、見落とされることがあるので注意が必要である。表3.4.2には主なrHuEPO治療抵抗性貧血のスクリーニング検査などを掲載した。

3.5 rHuEPO治療による臨床予後の改善

              rHuEPOによる腎性貧血の改善は、患者のQOLやADLの改善のみならず、生命予後にも影響を与えている。わが国の透析患者の主な死因の年次推移をみると(図3.5.1)1992年にrHuEPOが広く普及するまでの心不全による死因は30〜36.5%を占めていたが、1993年以降は次第に減少し、1997年には23.9%まで減少している7)。このことはrHuEPOによる貧血の改善が心不全死を減少させていることを示唆している。

              またC型肝炎ウィルス抗体罹患率(HCV抗体)は、透析歴25年以上の患者では70%以上であるのに対し、透析歴2年未満の患者は8.5%である。このことはrHuEPOの臨床応用以前に貧血治療のために行われた輸血による影響が考えられる1)。

              保存期腎不全患者では腎不全の悪化速度が緩徐になることで、透析導入時期を遅延させ、透析導入後の予後も改善するといわれる8)。

3.6 次世代の腎性貧血治療薬

              rHuEPOが開発され臨床応用されるようになって10年以上が経過した。最近では次世代型として、rHuEPOのアミノ酸配列を変え糖鎖を増やすことで半減期を延長させたものやEPO受容体に天然のリガンドであるEPO同様の作用を示すペプチドなど、さまざまな研究が盛んに行われている。

1. novel erythropoiesis stimulating protein(NESP)

              内因性EPOとrHuEPOは共に3本のN型糖鎖と1本のO型糖鎖を有した糖蛋白質で、構造的には類似している。EPOの代謝にはシアル酸残基が重要とされ、シアル酸を失う処理をしたEPOは血中消失時間が著しく短縮する。in vivo活性ではシアル酸残基数とEPO血中半減期には相関関係があるとされる。NESPはシアル酸残基を増やすことでrHuEPOの血中半減期を延長させ、生物活性を上昇できるのではないかとの発想から作られている。NESPは活性発現に関与しない5個のアミノ酸配列を置換し、側鎖としてさらに2本(計5本)のN型糖鎖が増えた構造になっている。これに伴いシアル酸残基も増え、動物実験では血中半減期はrHuEPOに比べ約3倍延長し、造血活性も約3倍になっている。米国の臨床試験で静脈内・皮下の安全性と有効性が確認された。rHuEPOとの比較試験ではより少ない投与回数で同等の効果が認められた9)。

2. エリスロポエチン誘導低分子化合物

              EPO受容体は2量体化することで細胞内シグナル伝達経路を活性化し造血が行われる。EPO受容体の2量体化を行っている天然のリガンドはEPOであるが、EPOのようにEPO受容体を2量体化できるペプチドや非ペプチド化合物が開発されている。ペプチドとしてはアミノ酸20残基からなる環状ペプチドであるerythropoietin mimetic peptides 1(EMP1)が報告されており、EMP1の2量体はEPOと同様のEPO結合細胞外ドメインとの親和性を示すとされる10)。また非ペプチド性でもEPO結合細胞外ドメインを2量体化でき、ヒト赤芽球コロニーを誘導する化合物が報告されている。11)

3. 遺伝子導入(薬剤による遺伝子スイッチ技術の応用)

              アデノウィルスを用いてEPO遺伝子を腹膜内皮細胞や筋肉組織に導入する手法が試みられている。しかしEPO遺伝子を導入するだけではEPOは過剰発現してしまう。そこでYeらは転写因子とEPO標的遺伝子ベクターをマウスの筋肉組織に投与し、EPO発現調節をラパマイシン投与の有無にてコントロールする方法を報告している12)。このように薬剤による遺伝子スイッチ技術が進めば、近い将来にEPO遺伝子治療の臨床応用が可能となる。

4. 遺伝子活性化エリスロポエチン(GA-EPO)

              EPO産生培養細胞の染色体プロモータ領域を相同組換えで改変し、外来遺伝子を挿入することで遺伝子発現量を増強し、天然型EPOの量産化に成功している。

5. その他の可能性

              腎性貧血の治療薬としては、その他にマイクロカプセルを用いた徐放型EPOやエリスロポエチン受容体アゴニストの研究が進んでいる。またEPO受容体の細胞内シグナル伝達に重要なJAK-STAT系を阻害するhematopoietic cell phosphatase(HCP)のインヒビターのように違う観点からの研究もなされている。

おわりに

rHuEPOは慢性腎不全患者の腎性貧血を改善するのみならず、臨床予後やQOLも改善している。今後は患者の年齢や循環器疾患合併例などの患者背景に即した目標Ht値や投与方法の再評価が必要と思われる。また次世代の腎性貧血治療薬の開発も進んでおり、今後は多くの選択肢の中からより安全で有効な治療の選択が行なえるようになる。

文献

1)日本透析医学会統計調査委員会:わが国の慢性透析療法の現況、1999年12月31日現在. 日本透析医学会、2000

2)平沢由平 他:rHuEPO使用ガイドライン作成に関する研究. 平成2年度厚生科学研究「腎不全医療研究事業」研究報告書、三村信英編:87-89、1991

3)National Kidney Foundation-Dialysis Outcomes Quality Initiative :NKF-DOQI clinical practice guidelines for the treatment of anemia of chronic renal failure. Am J Kidney Dis. 30(4 Suppl 3):S192-S240, 1997

4)Working Party for European Best Practice Guidelines for the Management of Anaemia in Patients with Chronic Renal Failure. European best practice guidelines for the management of anaemia in patients with chronic renal failure. Nephrol Dial Transplant 14 (Suppl 5):1-50, 1999.

5)Ma JZ et al:Hematocrit level and associated mortality in hemodialysis patients. J Am Soc Nephrol 10:610-619, 1999

6)Madore F et al:Anemia in hemodialysis patients:variables affecting this outcome predictor. J Am Soc Nephrol 8:1921-1929, 1997

7)Akiba T et al:Why has the gross mortality of dialysis patients increased in Japan? Kidney Int 57 (Suppl74) :60-65, 2000

8)椿原美治:保存期慢性腎不全患者に対するエリスロポエチン()療法の透析導入後の予後に及ぼす影響、腎不全11:13-17、1999

9)Macdougall IC et al:Pharmacokinetics of novel erythropoiesis stimulating protein compared with epoetin alfa in dialysis patients. J Am Soc Nephrol  10:2392-2395, 1999

10)Wrighton NC et al:Increased potency of an erythropoietin peptide mimetic through covalent dimerization. Nature Biotech 15:1261-1265, 1997

11)Qureshi SA et al:Mimicry of erythropoietin by a nonpeptide molecule. Proc Natl Acad Sci USA 96:12156-12161, 1999

12)Ye X Rivera VM et al:Regulated delivery of therapeutic proteins after in vivo somatic cell gene

transfer. Science. 283:88-91, 1999

  

(木全 直樹、秋葉 隆)

 

表3.2.1 各国の腎性貧血治療に対するガイドライン

表3.2.2 rHuEPO および 注射鉄製剤投与の臨床指標

表3.4.2 rHuEPO治療抵抗性貧血のスクリーニング検査

図3.5.1 透析患者の主な死亡原因の推移

和文索引(振り仮名)

腎性貧血(じんせいひんけつ)

エリスロポエチン(えりすろぽえちん)

鉄剤補充療法(てつざいほじゅうりょうほう)

エリスロポエチン治療抵抗性貧血(えりすろぽえちんちりょうていこうせいひんけつ)

エリスロポエチン誘導低分子化合物(えりすろぽえちんゆうどうていぶんしかごうぶつ)

欧文索引

rHuEPO

novel erythropoiesis stimulating protein(NESP)

                                           

rHuEPO および 注射鉄製剤投与の臨床指標

[目標透析前Ht値]   

 Ht 30〜33%            

[rHuEPO開始投与量] 

 rHuEPO 3000単位×3〜2回/週

[rHuEPO維持投与量] 

 @Ht値が1ヶ月に8%上昇した場合

  →週当たりの投与回数を減らすか、1回投与量を減らす

 AHt値が目標値を超えた場合

  →2週間rHuEPO休薬、半量または投与回数を減らし再開する

[鉄補充開始指標]

 トランスフェリン飽和度(TSAT)≦20%またはフェリチン値≦100 ng/ml

 *トランスフェリン飽和度(TSAT)= Fe /TIBC ×100(%)

[鉄剤補充療法]

 40mgの注射鉄製剤を週3〜1回の間隔で10 〜20回    

                              

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