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Explanation and Comments on "Jamaica Farewell"
by Toshiro ABE

解説・コメント、「さらばジャマイカ」
阿部俊朗


20世紀は言わばアメリカの世紀でした。
世界大戦でヨーロッパ列強は全て共倒れとなり、
ボルシェビキ革命による大国ロシアの混乱の中、
ひとり経済的繁栄を謳歌しつつ、
世界の政治的な中心へとアメリカが変身したのは世紀初めの頃でした。
大戦でのアメリカの人的被害はフランスの二十六分の一だったそうですし、
戦前の債務国から戦後は最大の債権国となり、
世界の金保有の二分の一はアメリカにあったといいます。
1920年代、
自動車産業の急激な発展と共に忘れてはならないのは、
ラジオや映画などの産業発展でした。
このことはそれまでの閉鎖的伝統的な地方音楽に止まらず、
全アメリカ的な大衆音楽の成立をうながし、
それをさらには世界に発信する基盤を確立したのです。
アメリカは音楽産業においてもその後20世紀を通じて世界の中心にいました。

アメリカ音楽とはなにか?
その源泉を探ろうと民俗学的なアプローチを試みた者として
セシル・シャープやアラン・ロマックスが知られていますが、
アメリカが移民による多民族国家であるかぎり
その文化的民族的背景は多種多様複雑雑多で、
その源泉は幾重にも広がりとりとめのないように見えます。
しかしそれであるがゆえに様々な文化的民族的コラボレーションが生まれて
音楽を常に活性化し続けて来たのかも知れません。
このアメリカ音楽を形成する大きな源流の一つとして、
黒人音楽が存在することは誰しもが認めるところです。
ブルースやジャズなどのブラック・ミュージックはそれ自身のみならず、
他の様々なジャンルの音楽にも多大な影響を及ぼし、世界中に広く行き渡ったのです。
でもアメリカ音楽に常に刺激を与えつづけた黒人音楽は
なにもアメリカン・ニグロのものばかりではありません。

中米西インド諸島の黒人によるダンス・ミュージックやフォーク・ミュージックは
20世紀を通じていつもアメリカの大衆音楽に刺激を与え、
幾たびもの世界的な流行を生み出してきました。
旧くは「ピーナッツ・ベンダー」に始まる1930年代以降のルンバの流行。
キューバ発祥のルンバは今でもダンスの主要なステップの一つです。
コール・ポーターの「ビギン・ザ・ビギン」(1935)で有名になって
1940年代以降世界に広がった元はマルティニーク島のダンス・ミュージック、ビギン。
「バナナ・ボート」で知られたジャマイカ、バルバドス、トリニダードなどにおける
アフリカ系住民の労働歌やフォーク・ミュージックであるカリプソは
50年代から60年代にかけてポピュラーになりました。
近いほうでは70年代以降の流行で
アフリカ回帰など多少宗教的、政治的色彩の濃い
ジャマイカ発のレゲエが良く知られているでしょう。

アメリカが最強国となった1920年代、
マルティニーク島船乗りの父とジャマイカ人の母との間に
ニューヨークで生まれたのがハリー・ベラフォンテ。
ジャマイカに移住して幼少時西インド諸島で過ごし
再びニューヨークに戻ってハイスクールを卒業。
二年間の兵役後舞台俳優を目指し監督、演出なども学んだようです。
ところが生来が歌好きのため歌手となってしまい、
西インド諸島の民謡を中心の歌手活動を広げてゆきました。
とくに彼はカリプソで有名で、
1950年代から1960年代にかけてのアメリカでのカリプソ・ミュージックの普及は
その多くが彼の功績と言って良いでしょう。
他方かれは民俗学者でもあり、西インド諸島の民謡に限らず、
アメリカ先住民を含め様々なフォーク・ソングに対して造詣が深いようで、
その精神的背景には、
繁栄するアメリカの影にひそむマイノリティーや後発移民に対する、
差別へのプロテストが見え隠れするのです。

カリプソのリズムはゆったりした二拍子がなんとも良い。
二拍目の強拍がシンコペーションして前に先取りされ、
大きな波に乗っているような気持ちの良い「揺れ」を起こします。
「さらばジャマイカ」は
アメリカ的にスタンダード化された伴奏で歌われることが多いのですが、
それでも二拍目の強拍の先取りで波乗り感覚は表現できるでしょう。
この歌のもう一つの特徴は
英語歌詞のセンテンスや単語の強拍箇所がメロディーや伴奏の強拍箇所に
シンコペーションを含めて見事に対応していることです。
当然歌い方としてはそのように表現することが大切です。
この歌詞の見事なつくりは、
西洋音楽におけるリズムという概念が
明らかにギリシァ語ラテン語に遡るヨーロッパ言語での
強弱発音に起因することをうかがわせます。



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