国鉄詩人 206号 1997年9月
第52回国鉄詩人大会 1997年6月 伊勢
               
大会感想
 
 坪井氏の論文に触発された大会の議論で、たくさんの詩人連盟の歴史を、先輩たちから聞くことができた。
 焦点になった坪井氏の諸論文は、近藤東という国鉄詩人連盟結成時に重要な働きをした詩人が、戦前の国鉄の職場詩と戦後のそれを断絶無く移動していて、国鉄詩人連盟という戦後労働者詩運動の中心的な一つもそのような刻印を受けている、という趣旨だったと思う。坪井氏の論文の主軸をなしている近藤東氏の作品と人について私はほとんど何も知らない。また国鉄詩人連盟に対する私の関係も、詩人連盟が自らについて規定したいくつかの陳述、たとえば「綱領」によって規定されるものではなかった。このような〈ずれ〉から感じたことだけを自身への課題も含めていくつか述べたい。
 「個人的」な思い出からすれば、一九七六年の暮れ、貨物列車の乗務員として初めて一人立ちしたころ、心細さの中で、その二十二歳の「私」がなぜ詩を書いたのかは、はっきりしている。労働組合のスローガンでもなく、「会社」のいう「合理化」の論理でもなく、飲み屋での愚痴でもなく、なおかつ「我々」として生きるために、どんな言葉が生み出せるのか、どんな「我々」が可能なのか、この二十数万人の(当時の国労という)仲間の中に、私と同じように考えている者を見いだせるのかどうか、賭けたのである。それは「仲間」を探しに行く旅ではなく、むしろ「仲間」であることを構成しに行く決意の「手紙」だった。海に投げ入れた小瓶は「国労文化」の詩の選者(国鉄詩人連盟会員)に拾われ、数ヶ月後、鉄道電話での入会勧誘によって私は「国鉄詩人連盟会員」となったのだった。それから二十年たった現在から見れば、当時の思いは不断の強度として〈現在〉に留まり続け、私の職場の仲間たちとの、そして国鉄詩人連盟の友人たちとの、思いもかけないしかし必然的な活動と思索の展開へと、「私」をいざなった、と言えることになる。詩人連盟はそのような働きをしてくれたのである。運動とは(また作品も)その中にあらゆる方向へのベクトルを内包しているものであり、その運動が「運動自身」について述べている陳述などはそのごく一部分にすぎない。そのようなものである運動を対象物として静止させ、それに審判を下すのは退屈である。むしろ運動自身が気づきもしない小さな、しかし決定的な変革のベクトルをその中に見いだし、その方向の極限に目もくらむような新たな世界の組成を指し示そうとすることこそが、我々の生きた課題であり続けるだろう。
 詩人連盟という集団性は、国労の分会活動家も、国労本部委員長も、駅の助役も、管理局の課長も、占領下一九四九年の人員整理で国鉄をすでに追われていた人も、私のように一九八七年の国鉄分割民営化で国鉄を去った者も、そしてもちろん様々な地域と職種の男女の鉄道員が内包されていた。だから、もし普通に「国鉄職員」をやっていたらば決して出会うことのない人々が互いに交通しあっていたことになる。こうした組織としての詩人連盟の価値を「国鉄一家」意識として裁定してしまうと、その通俗性によって、重要なベクトルが見失われることになるだろう。
 「戦前」と断絶したものとして理解されていた「戦後」が実はこのように「戦前」と継続しているのだ、というスタイルの実証研究は最近よく目にする。しかしそれが、「戦前」は悪、「戦後」は善、という分割と結合をかき混ぜるだけであるならば、論理は不十分である。
 たとえば、満州居留民の保護のための自衛戦争に日本国民たる君が反対するのか、という詰問と、それへの反論不能として自らを服従させていく自発性といった脈路は、「戦前」の脈路の一つであり、それは現在でも言葉を換えて機能しているが、それを打破できる論理を今ここで自身が生きられていないのなら、「戦前」を「戦後」と区分することは、自身の現在における(たとえば会社への)服従が、「戦前」の(悪い国家への)服従とは違う、許される「範囲」のものだ、というような思考停止の装置になるだろう。
 我々はまだ、「マルクスと同じくらい的確でその延長となるような金銭の現代的理論を欠いている(ドゥルーズ)」ために、依然として「すべての最終審級は経済的なものである(デリダ)」時代を生きている。支配の脈路としてのナショナリズムもまだ分解されてはいない。 
 

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注※
「声の祝祭」   日本近代詩と戦争
     坪井 秀人著

〈CD付き〉明治の新体詩から象徴詩・口語自由詩・民衆詩にいたる日本近代詩の歴史を辿ると共に、戦争期〜戦後にかけての詩について論じる。付属CDには、大東亜戦争下における詩の朗読放送を収録 。 : 以上は オンライン書店等に転載された内容説明から
本体価格: \7,600
出版:名古屋大学出版会
サイズ:A5判 / 384,42p
ISBN:4-8158-0328-5
発行年月:1997.8      
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