意味たちの屍体

 
空虚なことばが空虚に取り引きされる
時代の市場で
人々の不安は
日々壮年の糖尿に溶け込み
胃壁から出血して商品となる
「我国の固有の領土」奇怪な概念が発生して
分裂病
ニホンが頭の中で危機に陥り
十二指腸潰瘍
地震の「科学」が占星術と密会する明日は
強迫神経症
過剰な自己意識にただれた胃は舌につながって
「ナショナリズム」
超えることができない
戦争の不可能が 日常の戦争を激化させ
自分の首をつりながら歩きだす
ものわかりのいい若者が言った
「言葉どおりになんて生きられない」
そうだそのとおり
『言葉どおりになんて生きられない』 という
言葉どおりになんて生きられっこなかった
すべてが風化し すべてが
無色に 脱色されていく
画面
テレビドラマで 次に役者がどんな台詞を課
せられているかを当てるのは
堕落した遊びだ
演出家の 区分けされた引き出しから持ち出した
表情の機能論が演技を続ける
今夜も「犯人」を追いかける刑事と岡っ引きは
国教の祭司
意味を失ったまつりごとまつりごと
意味を失ったドラマドラマが融合すると
卑猥な少年少女のファンレターが舞い込む
閉塞した姦通の午後
ここ二十数年間 日曜日の湘南海岸では
若者や家族連れが思い思いに甲羅干しや水遊びに興じ
爆発による死者の家族は目頭を押さえ
やり場のない怒りをぶちまけ続け
続けて行くことになっている。
鳥かごの中に住んでいるという
「ソ連」「ニホン」「アメリカ」
小鳥たちの権力
符丁の世界観の内側で
占いを売るヤクザの生活は安心した。
「国民」の名においてストライキは弾圧され
「国民」の名においてストライキは組織される
胡麻札の無意味をかざして
「我々」の「指導者」が舞台で大見得を切っているとき
「我々」は舞台そのものに敗北し続ける
権力派も秩序派も反対派も反体制派も
みんな箱庭でことばを投げ合い
当たっても痛くない
そんな〈現実〉の夢を見た 夢のような現実
満ち溢れ、金切り声を上げ、叫び、ささやき、
かじりついて書き付けた〈ことば〉 その海が
何も浸食しない ただずぶずぶとぬれてゆくだけで
海は体の外で波打つ
「敵」と「味方」が ここからはいちゃついてみえる
打ち寄せることばの磯辺
一斉に沫だって岸におしよせることばに
人は乗っていなかった。
すなわち 自らのことばをすて
ことばの軍門に降った
きょうニュースによれば
仕事に厭きたカメラマンはズームとアップを
使いたがり
ニュース原稿書きは口寄せと同じで
過去形から未来形に変態する自分自身が、何者か、
わからない
アナウンサーは口部の運動に麻痺していた
「真実」や「事件」言葉たちの専制
世界を丸く踏破した言葉の楽園
音声の自己増殖に合わせ口を動かす男たちと女たちが
腐乱した饒舌をからみ合わせ 「これが世界だ」と
生み出す「主張」
『もはや地上のすべては説明可能である』
と宣言するその「声」だけが
依然 不可侵の神秘であることの矛盾
世界を追い立てる焦燥
 自然が言葉の内側に「自然」を映したころの牧歌は
 とうの昔に終わっている
 「ことば」が自らの外部に何事かを指示したころの
 牧歌はとうの昔に終わっている
今、過熟し、速やかなニューロンで結びあった
ことばの球体 にげられぬ煉獄が
「現実」のすべてだ
その賑やかな縁日の宙空に浮かんでいる
意味たちの屍体は
腑分けしなければならない
その骨と血と筋肉を作っていた概念は

解析によって無化されなければならない

 

「詩生活」135号 1981年2月
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