青空へ

−− 亡き妻に −−

君のところへ
もう行くことができる

青空に巻き上がる風に胸をのせて 見上げれば
そこは懐かしさに満ちた一面の青さ
今それに吸い込まれ 全速力で泳ぎ昇ろうとする〈この力〉として
君に私の体を届けたい
その上昇の時 目には
未来の出来事すらも思い出に見える
 
反復する「自己同一性」を恥じ、「自己主張」する輪郭を嫌悪して
そこから逃れようとした嵐の夜の道行きの途上で
私が下ばかり見て歩いていたから
 
さあ、〈これを見よ〉、と
凝縮の果て 我が身を雲の上の星空に解き放ち
軽やかに空を駆けめぐる微粒子となってみせた
もう一つの〈力〉が「君」だ
「私」と「君」を隔てるのは
まだ「私」が「私」であることの羞恥
憧れと抱擁が撚り合わさった一つの力線の両極に
「私」と「君」が析出している
 
生も死も 男も女も 私たちには不満で
何者でもないものとして出会い抱きしめたいのだと 口にした言葉は
未だに履行されず だから空中でその言葉が身を保つためには
同じ抽象の反復が雲雀のように羽ばたき続けなければならなかった
今 青空に吸い込まれれば
再び地上に降りてくるのは 微細な天使
全く新たな地図として降りてくるその姿
降りそそぐ無数の 昼の星々の光 
一様に青く感じさせる 大気中の微粒子による散乱
歴史上のすべての君が放つ光が無数の差異を分離させる時
生きている私にはもう
それらの君とともに すべての「君」とともに 
我々の〈喜び〉のために地上を組み替え続ける
「時間」の外の鮮烈な一歩一歩だけが可能だ
 
 

初出 東鉄詩話会「詩生活」155号1998年9月
「国鉄詩人」211号1998年12月 転載

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