生命・個人・家族 −− 人工生殖技術が切り開いたもの   資料

                 

1994.08.20 季報唯物論研究/大阪哲学学校夏季合宿 於 高野山

 

資料(1)
「中世前期の在地世界における財産権は、男女個々人、氏人(うじびと)としての人間に付着した権利であって、家に固有の財産は存在しようがなかった。」
「中世以前では姓と苗字は明確に区別され、前者は<氏>という族集団のメンバーであることを示す氏名(うじな)で、男性の場合は実名(じつみょう)(一般的には漢字2字訓読)とセットで公式の名を形作り、主に字(あざな)と呼ばれる通称とセットで用いられる後者は、自らの居住地名をとった家の名(家名)で、それは超歴史的に永続する家が成立し、一定の場所に先祖代々住み続けるようになって、初めて一般化した。」   「中世の家と女性」坂田聡1994/岩波講座日本通史8巻P180
 
「「ウジ」は共通の祖先を持つという信仰で結ばれた集団で、始祖との関係を紐帯とし、氏上の地位も、「養子」の擬制を経ないで傍系親に継承された。これに対して大宝令の蔭位制は父子関係を基本とし、律令の「子」には養子も含まれる。また蔭位制は嫡子を庶子よりも優遇した。嫡子と養子制はのちの「イエ」制度の原理となる。」
   「8世紀の日本」吉田孝1994/日本通史4巻P32
 
資料(2)
「家の永続という問題・・・。都会に住むと祖先子孫という思想が微弱になって、家というものの存在がしばしば軽く見られる。むつかしくいえば個人の意思ばかりはげしく現されて、家の生活がその底に没却せられます。田舎に住めば岡の麓に住居のあるのも、川の岸に田を作るのも、ないしは何郡何村に住むということも、皆自分の意思では無く家の意思である。祖先が家を繁栄せしめんと欲した意思を子孫が行うのであります。」
「各人とその祖先との連絡すなわち家の存在の自覚ということは日本のごとき国柄では同時にまた個人と国家との連鎖であります。」「祖先が数十百代の間常に日本の皇室を戴いて奉公し生息し来ったという自覚は、最も明白に忠君愛国心の根底を作ります。家が無くなると甚だしきは何故に自分が日本人たらざるべからざるかを自分に説明することも困難になる。」
  柳田國男 集16巻P38 「田舎対都会の問題」1906年大日本農会での講演
  (「故郷・離郷・異郷」岩本由輝1994/岩波日本通史18巻の言及による)
 
 
資料(3)
 民法727条:養子と養親及びその血族との間においては、養子縁組の日から、血族間におけると同一の親族関係を生ずる。(1947年)
 民法817条の2:・・・実方の血族との親族関係が終了する縁組み(・・「特別養子縁組」という)を成立させることができる。(1987年)
 ※この制度では6才未満の者だけが対象となる。
 
 
資料(4)生殖技術の現状
 
  (1) 人工生殖技術の例
・人工受精(配偶者間人工受精=AIH/非配偶者間人工受精=AID,慶応大学/)
・体外受精と胚移植(IVF・ET/体外で受精させ受精卵=胚を子宮に戻す/1978英国)
・顕微受精(動きの悪い精子を直接卵子に注入受精)
・女児産みわけ(バーコール法/精子の分離による1986慶応大学/後に遺伝病回避に限るとした)
・随伴する技術の例
a)精子凍結保存(精子銀行)
b)受精卵凍結保存 
c)卵子凍結保存今年開発(1994.6.27朝日) 
d)中絶胎児の卵細胞利用(英国で開発/使用禁止・死体からの卵細胞採取は将来検討/1994.1.4/1.6/7.21朝日) 
e)摘出した卵巣から卵細胞採取培養後受精出産(韓国1991/1994.2.2朝日) 
F)精子への遺伝子治療(米国で特許申請中/遺伝子治療は生殖細胞には行わない方向で医学界はまとまりつつあったが/1994.4.8朝日)
 
 
  (2) 配偶者(子どもを希望する男・女)の組合せ別に可能な子どもの獲得方法
     (自己の卵子・子宮・精子は最大限使用する戦略の場合)
       夫(男)

妻(女)
       精子○      精子×
精子欠乏、遺伝的欠格等
性交可能
 性交不能
精子数少ない
卵子○ 子宮○
A)体内受精可能
 (標準)
(標準)
性交受精
妻が出産
夫精子による人工受精
 ○○/○
夫精子+妻卵
子体外受精胚
移植○○/○
他男精子+妻卵子
   人工受精
   ○○/×
卵子○ 子宮○
B)体内受精不能
(卵管閉塞等)
夫精子+妻卵子   体外受精
      胚を妻に移植
      ○○/○
他男精子+妻卵子 体外
受精・胚を妻に移植
   ○○/×
卵子○ 子宮×

(子宮摘出等)
夫精子+妻卵子   体外受精
       胚を他女に移植
      ○×/○
他男精子+妻卵子 体外
受精・胚を他女に移植
    ○×/×
卵子× 子宮○

(卵巣摘出等)
夫精子+他女卵子  体外受精
       胚を妻に移植
      ×○/○
他男精子+他女卵子 体
外受精・胚を妻に移植
    ×○/×
卵子× 子宮×
  
 
夫精子+他女卵子
他女への人工受精
    ××/○
夫精子+他女
卵体外受精移
植 ××/○
在来の養子縁組による

    ××/×
 
* ○×/○等は、卵子・子宮/精子の順にそれぞれ配偶者のものが有効であるかどうかを示す
* それぞれの配偶者の条件の交差するところが最適な方法だが、実線で囲まれたそれぞれの領域より右・下の領域を選択することは可能。
* 最も左上の標準的な性交受精出産から最も右下の養子縁組に到るまで、卵子・子宮・精子の3要素がそれぞれ配偶者のものであるかどうかを分岐として、様々な人工生殖技術が広がる。
* 女性単身・男性単身で子どもが欲しい場合は、すなわち対偶関係を望まず子どもだけ欲しい場合は、女性単身者なら[精子×]の列と自身の条件の交差するところ、男性単身者なら[卵子×子宮×]の行と自身の条件の交差するところにそれぞれ該当する。
 
資料(5) ルイジアナ州1986年 胚保護のための立法
 ・体外にある胚を司法上の人と位置づけて保護する
 ・アメリカ不妊学会と産婦人科学会の基準を満たす医師によって監督される医療施設のみが体外受精を行える
 ・体外受精は、移植目的に限られ、研究目的で胚を作ることを禁じる
 ・余剰胚の提供は認め、養子として構成する
 ・誠実に行為した医師、病院等は免責される
 ・体外にある胚は、相続権は認められない。提供された胚によって生まれた子は、提供した人からの相続権はない
     『人工生殖の法律学』石井美智子1994有斐閣P57
 
資料(6)  1994・7・1 NHKスペシャル「わたしは誰の子?」操作される誕生の衝撃
*卵子を13個提供し5人の子供が産まれている主婦(別に実子は二人いる)=卵子貸しの例=「かつて私は不妊症でした、今度は私が力になりたい」
*彼女の家に、提供卵子で生まれた子と生んだ親とが一緒に尋ねてくる場面での発言(普通は卵子提供者と被提供者は顔合わせはしないが、このケースは日常的に行き来しているという。)
卵子提供者=「私たちがやったことは間違っていません。みんなが協力して”いのち” をつくりだしたのです。あの子を一目見れば価値のあることだったってすぐにわかるはずです。誰でも子どもは欲しいし、私と同じ気持ちの人はたくさんいると思います。そのためにどんな手段でも使う権利を私たちは持っているはずです。アメリカは自由の国です。私たちにはその権利があるのです。」
卵子被提供者(夫の精子で受精後自身の子宮に移植出産)=「ほんとうに産めるのかな あ、なんて思いました。あの子を腕に抱いて初めて実感がわいてきました。」
卵子提供者の実子(12才ぐらいの娘)=「ママがおばちゃんを助けてマイケルが生まれたから私たちは半分きょうだいなの」
  同じく5、6才の息子=「僕もそれは知ってるよ」
 
*ここに見る2つの方向性
1)自立した個人の連合というアメリカの夢の徹底。
{おそらく彼女たちの間には契約書的なものが交わされていると思う。また提供者の言説は事前のカウンセリング?によって得たのかもしれない。}

2)身体次元での、(契約というような、分割された個人を基体とする関係性でない、ある連続的な)共同的な行為。身体の共有性の感受。

以上