免罪と冤罪

 ごめんなさいすいません。やっと書き終わりました。もう更新を怠けたりはいたしません。だからもう勝たせてください。三連勝とか贅沢なことは言いません。せめて巨人戦、ひとつくらい勝たせてください。それが久保田か杉山か三東だったらもっといいのですが、いいや贅沢は言いません。伊良部でもムーアでもいいです。おねがいだからもうたたらないでください。

6月10日(火)
 酒とドリアンとの相乗効果でまたも寝過ごす。ま、きょうはチェックアウトしたら夜まで外に出ていなければならないので、ぎりぎりまでホテルでのんびりするつもりだったけど。
 十二時のチェックアウトタイムぎりぎりに下に降り、荷物を預けて出かける。
 もうシャワーを浴びることもできないので、汗をかきたくない。だからエアコンの効いた室内にずっといるつもり。だったが、駅まで歩くだけで汗が出てくるのはどうしたものか。

 まずは残った用事から済まそう。しゃあさんから厳命されていた、フェイスケア用品を探さねばならぬのだ。旅行前にあれだけ厳命されていたのだから、もし買ってきませんでしたと言ったら、どんな折檻をうけるかわかったものではない。背中を割って沸騰した醤油をたらすとか、爪を一枚一枚灼熱したヤットコで引き抜くとか、真っ赤におこした炭火を満たした銅の火鉢をむりやり抱かされるとか、それくらいのことはあるかもしれない。
 それにしても想像する折檻が熱いのばかりなのは、やはりバンコクが暑いからだ。
 まず最寄りの駅にある、エンボリアムのマーケットへ行ってみたが見つからない。ナナ駅前のロビンソンデパートも覗いてみたがだめ。駅前薬局で聞いてみたが、こういうのは置いていないという。というか、たぶんそう言っているんだろうなと私が想像した。英語が通じなかったんだもん。しくしく。
 三軒の大型店と、一軒の専門店で発見できなかった。ということは、もう見つからないかもしれない。とすると……、と、かなり背中に熱い醤油を感じてきたころ、ようやく、トンローの薬局で発見に成功。ほっ。
 ただ二十バーツと、しゃあさんが買ったときの値札より七バーツ高かったので、ひとつだけ買うことにする。たった二十円程度の差で買い渋るのって人間としてどうよ、という気もしないではないが。それよりも、たった二十円の差で命を危うくするのって、どうよ。

 まあいいや、これ一個でも、泣いてすがればしゃあさん許してくれるかもしれん、背中は割られてもさしみ醤油くらいで勘弁してもらえるかもしれん、と不安におののく自分を叱咤激励しながら、当初の目的地・ワールドトレードセンターに向かう。ここはとにかく、ショッピングセンターからレストランから映画館からなんでもあるので、涼しく時間を潰すには好適である。なんか背中がやけに涼しいような気もするが。
 まずは買いそびれた食材関係を買おう、と、イセタンのスーパーで即席スープやカレーの素やドリアンキャンディを物色する。するとなんとしたことでしょう、その隣のコーナーに、なんと捜し続けていたフェイスケア用品が売っているではありませんか。しかもしゃあさん価格の十三バーツで。これぞ神がわたしの運命を憐れんで授けてくれたおみちびき。ああ、私の背中は照り焼きにされずにすんだ。
 しかし、しゃあさんに見本としてもらった外袋をいま見たら、値札に「ISETAN」ってちゃんと書いているじゃないか。値段ばかりではなく、店名を確認すれば、こんなに苦労したり奔走したり懊悩したりする必要はなかったのだよな。

 そのあとは心底からほっとして、レストランでシーフードグリーンカレーとビールを頼みのんびりする。安心したせいかけっこう酔う。ビールの冷たさと、カレーの辛さが胃にしみる。そりゃもう、胃が痛くなるほど。
 ちょっと予定より早めにレストランを退散し、インターネットカフェで時間を潰してから映画を見る。「マトリックス・リローデッド」。ところが予約していたタイ民族舞踊ショーの時間が近いことに気づき、途中で退出。なんか、のんびりしてるんだかあわただしいんだかわからない。
 民族舞踊ショーはおのぼりさん観光客向けのちゃちなつくりだが、それには別段不満はない。不満は、こっちが慌てて時間通りに駆けつけたのに、なんかスクリーンにビデオを流しているだけで、民族舞踊は一時間後に始まったことだ。こんなんだったら映画を最後まで見られたのに。
 民族舞踊を見ながら民族料理をどうぞ、ということで、タイ宮廷料理というのだろうか、小皿にいろんな料理を盛ったものを食わされる。どうせおのぼりさん向けの観光ホテル並料理だろ、と思って食ったら、けっこう本格的でうまかった。とくに野菜の煮物の味加減がおいしゅうございました。すり身を揚げた薩摩揚げ風、おいしゅうございました。カレー、おいしゅうございました。おいしゅうございましたが本格的すぎました。こういう本格的なカレーを二食も続けると、胃が痛うございます。
 その後、有名なオカマショー「マンボ」へ。芸は面白いのだが、ずっと胃の疼痛と闘い続けていたのでよくわからない。松田聖子が二回出てきたことは憶えている。その扱いは、歌手として尊敬しているんだか変なキャラとして笑い者にしてるんだか微妙なところ。
 ショーの途中だったが集合時間が迫ってきたので途中退席。やっぱりあわただしいかな。
 開いている薬局をみつけたので飛び込み、胃が痛いけれど下痢ではない、とあやしげな英語で中国系らしいオヤジに説明。馬が飲むようなでかいオレンヂの錠剤をもらった。家に帰ってから含有成分を調べたのだが、炭酸マグネシウムとか水酸化アルミニウムとか、ものすごく穏便な化学物質しかなくてがっかりした。阿片とか入っているかと期待したのにぃ。でも一ダースで二十バーツじゃねぇ。

 集合時間ちょうどに駆けつけると、どうやらみんなすでに集まっていたらしい。係員が私を待っていた。冷たい眼がちくちくと刺さる。
 バスで空港まで向かう途中、いちおう礼儀として、というか、お座なりに、というか、ひとりの女性が話しかけてきた。
「バンコクはどうでしたか?」
「ええ、面白かったですよ。フルーツをいっぱい食えたし」
 たちまち女性は口をつぐみ、気まずい雰囲気が流れる。
(フルーツ→青い果実→若年女性の隠喩ね、もちろん)
(やっぱり予想通り、女を買い漁ったのねこのスケベ中年)
(観光にも行かず、ゴーゴーバーとホテルを往復する日々ね。日本人の恥さらし)
(こーゆー中年スケベが世界各地で日本の評判を落とすのよねー。早く強盗に撃ち殺されるか、エイズになって死んじゃわないかしら)
 女性たちのその視線はガガゼトに降り積もる氷雪より冷たく、その態度は御山を吹き抜ける吹雪より厳しい。助けてキマリ。

 女性の冷たい眼にもめげず、飛行機は定刻に日本に向け離陸。また全日空でした。
 胃薬が効いたのか、精神はともかく体調は良好。ほんとに久しぶりに、チキンのトマトソース煮込みパスタと茶そば、マンゴのムースとフルーツといった機内食を、デザートまで全部平らげた。
 成田ではヒゲまで生やしてうさんくさい風貌にしていたにもかかわらず、またも税関はフリーパス。よほど私の高貴な顔立ちに信頼感があるとみえる。しかしこんなんだったら、ランブータンの一片なりとも密輸しとけばよかった。
 これでおしまい。


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