倍率ドン!さらに倍!

 さすがに寒くなってきたので炬燵を入れることにした。炬燵に入って日本酒を呑みながらテレビを見ていると、天下泰平、といった気分になる。あとは塩煎餅と蜜柑かな。
 それはいいのだがこの炬燵、熱すぎるのだ。最低の「弱」にしてもまだ熱い。やむなく、しばらく「弱」にして、熱くなりすぎたらスイッチを切る、というのを繰り返している。面倒臭い。
 夏にホテルに泊まったときにも同じ経験がある。冷房が強すぎて、「弱」でも震えるほど寒いのだ。かといって切ると汗が出てくる。やむなく「弱」と「切」をいったりきたりで、おちおち眠れなかった覚えがある。「切」のまま寝ると暑苦しくて目が覚めるし、「弱」のまま寝ると冷えて風邪を引いてしまう。

 これはおそらく、機械の等差級数的コントロールと人体の等比級数的感覚が食い違うための障害だと思う。炬燵のヒーターは3本ある。「切」ではもちろん、すべてのヒーターを切っている。「弱」では1本だけスイッチが入る。「中」では2本、「強」では3本すべてのヒーターが稼働する。つまり「中」は「弱」の二倍、「強」は「弱」の三倍の熱量となるわけだ。おそらくエアコンも同じようなコントロールを行っているだろう。

 ところが人間の感覚は等比級数的だ。それを如実に示す例に、いわゆる「強い奴のインフレ現象」がある。
 この命名をしたのは「サルでも描けるまんが教室」の竹熊・相原両氏だったと思うが、少年漫画でヒーローの敵がパワーアップしてゆく現象のことだ。学園ヒーロー物で、最初は学校の番長や不良を相手にしていたのが、そのうち四十八学園連合大番長、などという者を敵に回すようになり、果ては日本政界を影で操る「影の総裁」などと闘いはじめ、しまいには「宇宙の悪を司る根元的なエネルギー」と一戦つかまつる仕儀となる。 あれ、俺たしか高校生だよなあ、人間を相手にしてたよなあ、などと主人公がぼやいたとか。

 特撮ものでもこの手の現象は多く見られる。特撮ヒーロー物は十三話にそれまでの十二話で登場した悪役が再登場するのが恒例だが、「キカイダー」では十二体の怪ロボットを、三倍にパワーアップして再生させた。ところが新登場のギンガメはそのさらに五倍の力だというから、従来型の十五倍なわけだ。それでもキカイダーに勝てなかったが。
 キカイダーの敵役、ハカイダーもインフレ現象から免れることはできなかった。「キカイダー01」ではプロフェッサーギルの亡霊の力を借り、なんと百倍にパワーアップした。それでもやはりキカイダーには勝てず、じゃあその前はどんなに弱かったんだよ、と心ある者を嘆かせた。

 インフレ現象はヒーロー側にも生じる。ウルトラマンの飛行速度はマッハ2.5だったが、ウルトラセブンでマッハ7まで上昇した。流石にまずいと思ったのか、帰ってきたウルトラマンではマッハ5に若干引き下げられた。しかしこのデフレ政策も功を奏しなかったようで、ウルトラマンエースとウルトラマンタロウではではマッハ20にまで跳ね上がってしまった。これではおちおち兄弟揃って編隊飛行を楽しむこともできない。

 「キン肉マン」は長期連載だったこともあってインフレ現象も豪快だった。ここでは強さは「超人強度」というもので表され、単位はパワー。キン肉マンの95万パワーをはじめ、テリーマンの95万パワー、ブロッケンJrの90万パワー、ウォーズマンの100万パワーと、だいたい100万パワー前後で勝負していた。ところが「悪魔超人篇」に入ると、1000万パワーを誇る悪魔超人、バッファローマンの登場でいきなりひと桁上の世界に突入する。さらにスクリューキッド1300万パワー、悪魔将軍1500万パワーと上昇の一途を辿り、ついに「王位争奪篇」では宿命の五王子の1億パワーに到達する。段階毎に十倍、さらにその十倍と等比級数敵に上昇していることがわかる。

 女性向けの番組ではこのようなインフレはないようだ。「魔法のプリンセスミンキーモモ」では十二歳の少女が魔法で十八歳の女性に変身するが、続編ではパワーアップして三十六歳のおばさんに変身、したりはしない。「ピピルマピピルマ、おばさんタッチで”電車の座席のわずかな隙間をお尻でこじ開けて無理矢理座るおばさん”になーれ!」なんて番組じゃ少女はときめかない。だいたいそんなおばさんが何を解決するというのだ。通勤ラッシュか。
 またトレンディドラマで大手証券会社の社長秘書だった主人公が、続編では宇宙大総統の秘書になっていたりもしない。いきなり「次回から宇宙篇」とかいって舞台が宇宙空母になり、敵彗星帝國が迫り来る中、主人公と後輩の男性が第三艦橋でラブシーンをしたところで、女性はついてこないだろう。たとえ主人公の総統秘書が永作博美、後輩の第二十四砲兵長が椎名桔平、宇宙大総統が西村雅彦で彗星帝國皇帝が天本英世だったとしても、だ。え、そんなキャスティングじゃ何やっても見ない? ともあれ、この現象は「男性の欲望は外に向かい、女性の欲望は内に向かう」というよく言われる言葉のためであろうか。

 だから機械側も等比級数的なスイッチにした方が感覚的に正しいのではないか。今までのスイッチと紛らわしくて混乱する、というのなら名前を変えてもいい。「あきれるほど弱」「中」「むちゃむちゃ強」の三段階にしてもらえれば、こちらも快適に炬燵にあたれるというものだ。「むちゃむちゃ強」に合わせるのは、ちょっと勇気がいるけれども。


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