神々の婚姻

 本人が書いたから、そろそろ書いてもいいかなと思ったり。

 というわけで結婚式である。kasumi教教祖様にして全宇宙に君臨する神様であらせられるkasumi様と、若神様であらせられる徳田雨窓様の婚姻である。神遊びである。いかねばならない。
 いまは消滅してしまったが、徳田さんのサイトには入籍の記念写真が貼ってあった。和装のふたりは仲むつまじげに寄り添っておられたのだが、そのめでたい写真を見て私が受けた印象は、「ああ、昔、この写真に似たブックカバーを見たことがある」という罰当たりなものであった。
 そのブックカバー。

病院坂の首縊りの家

 日取りは九月六日である。
 大安というとてもめでたい日である。
 「妹の日」でもある。愛くるしいkasumi様にはまことにふさわしき日といえよう。
 「黒の日」でもある。いつも黒ずくめのお二人にはまことにふさわしき日といえよう。
 「黒牛の日」「黒馬の日」「黒豆の日」でもある。ええと……。
 ついでに阪神があろうことか最下位横浜に負けくさった「黒星の日」でもある。
 そのほかにも、和気清麻呂が政界に復帰しためでたい日でもあり、ピルグリムファーザーズが新大陸に向けメイフラワー号を出航させためでたい日でもあり、ナチスドイツがイギリスに新兵器V2でミサイル攻撃を始めためでたい日でもあり、ミグ25に乗ったマレンコ中尉が日本に亡命しためでたい日でもあり、永田鉄山を斬殺した相沢三郎が生まれためでたい日でもあり、筒井康隆が断筆宣言をしでかしためでたい日でもある。さすが神々の婚姻、天に祝福されたような日であろう。

 九月とはいえ、残暑きびしき折りであった。とてもではないがスリーシーズンの礼服を着る気になれない。ここは夏物の背広でがまんしてもらうとしよう。あとになって考えると、この選択はホントによかった。
 百円ショップで買った祝儀袋をにぎりしめ、いざ出発。目標は新横浜。埼京線で赤羽に行き、そこで湘南新宿ラインに乗り換え、横浜から地下鉄で新横浜へ、新横浜でしゃあさんと待ち合わせて式場へ、と、計画もばっちりだ。

 ところがいきなり障害が発生する。乗り換え時間を考えていなかったため、赤羽で湘南新宿ラインに乗り遅れてしまったのだ。次の電車は三十分後。これではとても間に合わない。
 やむなく京浜東北線に乗る。しかしこの電車では、とても待ち合わせ時間に間に合いそうにない。東京で東海道線に乗り換えようか迷うが、なんかますますドツボにはまりそうだったので、そのまま行く。東神奈川で待ち合わせ時間となり、しゃあさんから電話がかかってきたので、事情を説明して先に行ってもらう。しゃあさんが「コロス」とか呟いていたように聞こえたのは気のせいだろう。
 まあそれでも、式の受付は三十分後だ。余裕で間に合うだろう。
 地図によると会場は、横浜アリーナの裏手。こんなわかりやすい場所はあるまい、と意気揚々歩きだしたが、いきなり迷ってしまった。どうやら反対側の出口に出てしまったらしい。あわてて地下道にもぐり、アリーナ方面出口から歩きだすが、いつまで歩いてもアリーナが見えてこない。これはおかしいと思い、とりあえず左に曲がってみるが、ますますわけがわからなくなる。
 あとになって判明したのだが、迷ったと思っていたとき、実は正しい道を歩んでいたのだ。まだアリーナは先だったのだ。そこで左折したのが失敗だったのだな。バミューダ三角海域で失踪した第十九編隊のテイラー中尉と同じあやまちを犯していたわけだ。

 ほうほうの体でようやく発見した式場にもぐりこむと、なんだか雰囲気があわただしい。受付もどこにも見つからない。係員に聞いてみると、受付はすでに畳んで、みな式場に行っているという。なんと挙式はもう始まるというのだ。
 受付時間として案内状に書いてあったのは、じつは挙式の時間だったのだ。
 大慌てでしゃあさんと小助さんを見つける。遅れた罰としてしゃあさんに折檻される。
 急いで式場へ行こうとするが、茶川さん母娘はまだのんびりと着替え中だという。置いていこうと主張する私としゃあさんを、小助さんは必死にひきとめる。おそらく、置き去りにでもしようものなら、小助さんもまた茶川さんに折檻されるのだろう。
 やがて出現した茶川母娘は、驚くべきことにチャイナドレス三人衆であった。コスプレか、これはkasumi神様に捧げる巫女装束たる、コスプレなのか。
 このあでやかな茶川さんのいでたちを見ながらも、私が思ったのは、「ああ、昔、この茶川さんの姿に似たブックカバーを見たことがある」という罰当たりなものであった。
 そのブックカバー。

壺中美人

 このめでたき日に連想するものは猟奇殺人探偵小説ばかりというのはどうよ、と、自分を叱咤激励しつつ式場へ。
 すでに式は始まっていた。収容人員三十名くらいの小さなチャペル。内装はステンドグラスで飾られたカトリック風なのに、なぜか牧師がプロテスタント風の服を着ている。それはともかく、新郎新婦がしずしずと入場し、厳粛にしておごそかな式が始まった。
 いや、白人の牧師が、なんかわざとたどたどしくしたような喋り方で「アナァタァワァ、トコシェニィ、アイシュルコトウォォ、チカイマァシュゥカァ」などとやっていた頃にはまだおごそかで厳粛だったのだが、やがて、やけに元気のいい黒人牧師がバンジョーをかき鳴らしながら歌いはじめた。黒人霊歌をデキシーランドジャズ風にアレンジしたような歌だ。そのうち興が乗ったのか神が降臨したのかわからないが、楽器を放り出して歌い踊る。なんだか「天使にラブ・ソングを」という映画のようだ。そして新郎新婦の十センチ前で大仰なフリ付きで歌い踊る。新郎新婦はうつむいて泣いているのかと思いきや、必死に笑いをこらえているのだった。私は思わず笑ってしまったことであるよ。
 この風景を見て私が思ったのは、「ああ、昔、この人みたいな歌い踊る人を見たことがある」というものだった。そのとき連想したのは横溝正史ではなく、新郎にして若神様たる徳田雨窓氏そのものであった。カラオケボックスで、ヒロインの乳がやたらに揺れるロボットアニメの主題歌などを大仰なフリ付きで熱く熱く熱唱する徳田さんにそっくり。

 やがて爆笑結婚式も終わり、披露宴会場へ。会場には新婦デザインのしまりすケーキが飾られていた。

ウェディングケーキ

 われわれの席は雑文席。茶川さん母娘としゃあさん小助さん、そして私。ゲットーというか座敷牢というか、できるだけみんなの目につかない、みんなに迷惑のかからない隅っこのトイレ前にしつらえてあった。新郎新婦の苦心のほどがしのばれる。
 新郎新婦の略歴紹介もなれそめ紹介も、非常に細心というかありったけの注意をこめて、間違っても「雑文」とか「オフ会」とか「アニメ」とか「萌え」とか、一般客にまがまがしい印象を与えるような言葉を避けて行われていた。たしか、kasumiさんのサイト運営を「インターネットを使っての独自のコミュニケーション活動」と称していたし、オフ会のことを「インターネットで知り合われた方々との交流会」と婉曲に言い換えていた。本当は交流会というより降霊会に近いのだが。よく神様が降りてくるし。
 われわれから遠く離れた親族席には、まだ見ぬうちにすっかりお馴染みになってしまった面々が集合。われわれはアイドルか著名文人を見るような目で興味しんしん見守るのであった。
「おお、ゴキブリが頭にへばりついても泰然としているという父君はあれであったか」「その隣にいるご婦人こそ、プテラノドンが火を吹き、大砲は砲台が飛んでいくと信じている妹君であるぞ」「ああっ、体育座りでパンツを見せ、葱を抜かないと叱られて泣いた義理の妹御が、あそこで主婦のふりをして赤ん坊を抱いているぞ」「こんどこっそり近づいて、耳元で『……葱』と囁いてみようか」
 やはり雑文関係者は、隔離するのが正解のようです。

 今回は簡素にということだろうか、スピーチは徳田さんの会社の部長が乾杯の音頭の前に一席ぶっただけだったし、電報紹介もなかった。
 その代わりイベントが盛りだくさん。ワインセラーの店頭に飾ってあるようなばかでかいシャンパンボトルで新郎新婦が巨大シャンパングラスに注ぐアトラクション「ガリバーの乾杯」、新郎がいきなりバイオリンを弾いて新婦にプロポーズするミニゲーム「アリとキリギリス」などなど。
 そのうち最大のイベント、ブーケ渡しが始まった。ふつうならブーケを投げて列席者が奪い合うのであるが、今回は夜店の飴くじ方式というか、何本かの束ねた紐を引いてアタリの人に渡す方式。その引くメンバーが呼ばれて壇上に上がるのであるが、茶川さん娘ふたりが選ばれるのは当然として、しゃあさんが選ばれたのはやや不思議、小助さんが選ばれたのは不可解というほかない。たちまちのうちに残されたのは私と茶川さんのふたりだけ。そんな私に、茶川さんは言う。
「ね、なんでアタシが選ばれないの? ヘンだよね」
 いやお母さん、あれは未婚の若い娘が取るべきものです。
 そして紐くじが選んだのは、バッドエンディングというべきか空気嫁というべきか、新郎の親友であるくたびれたオッチャンのDELTAさんであった。

 お食事にはもっとも力を入れたと新婦が力説したとおり、まことにすばらしいフルコース。なにしろ、「北海道産タラバガニとトリュフのグラタン」「鯵とキャビアのカルパッチョ鎌倉野菜のサラダ仕立て」「厚切りフォアグラのカリカリ炭火焼きセップ茸のカプチーノソース」と、なんと最初の三品だけで世界三大珍味を網羅してしまっているのだ。
 もっとも美味しかったのは、血のしたたる生フォアグラを炭火でミディアムレアに焼いたものと、霜降り和牛のサーロインをこれも炭火で焼いたもの。フォアグラは焼いたマシュマロのように口に入れるとふわっとして香ばしく。血がしたたるくせに血生臭くない。レバーのいいとこだけ取ったような味わい。まさに絶品といえよう。和牛は、赤身かと思うくらいこまかく脂が肉の中にしみこんでいて、口に入れるとほろほろと崩れるほどに柔らかく、そして脂がはんなりと滲みでてくる。ああ絶妙。
 とにかく披露宴といえば私にとっては飲み放題が楽しい。いくら飲んでも大丈夫。頼みもしないのに、お代わりをどんどん注いでくれる。私にとっては天国のようなところだ。おかげで乾杯前のアペリティフであるカシスのスパークリングワインで、すでに真っ赤になってしまった。
 ちなみにデザートのケーキは各自好きなものを取ってくるビュッフェ方式であり、小助さんが四つも五つも取ったため全員に行き渡らなくなって新婦が青ざめていたこと、そのうえ小助さんは茶川さんの娘に配られた子供用のシュークリームを欲しがって係員に頼み込んで拒絶されていたことを、ここに書いておこう。

 爆笑披露宴はなごやかに終わり、われわれは飲み直しでもすべかと話し合いながら新郎新婦に挨拶にいくと、そこで新婦のkasumi様の口から、衝撃の発言。
「ね、二次会はどこ行くのでちか? あちきも用が済んだら、あとから参加したいにょ」
 ……あの、ふつう新郎新婦は二次会には参加しないのではないでしょうか。遠くから来た親戚や上司の接待などがあるのでは。
「父上も母上もうーちゃんもあーちゃんもまーちゃんもみんな帰りまちた。上司はほっぽっといてもいいのれす。あちきもダーリンもヒマだから行くでし」
 ……もしそうだとしても、かりにも式のあとです。新郎新婦仲むつまじく語らうとか、ホテルでねんごろになるとか……。
「ホテルなんかとってないにょー。おんもはこわいからお家に帰りゅのでち。あ、そうなのれす、二次会のあとでウチに泊まりゅのでちゅ?」
 ……新婦の第二の衝撃発言。あの、かりにも新婚ほやほやの夫婦宅に泊まり込むなんて、そんな神も天も畏れぬ所行、やったら馬に蹴られること確実。
 ……結局、やっちゃったけど。

 われわれ雑文メンバーと、新郎新婦のカラオケゲーム友達の数人合同で、新横浜の駅前でてきとーに見つけたカラオケボックスにもぐり込む。やがて新郎新婦も参加。
 徳田さんはあの牧師に熱唱されて自分は歌い踊れなかったのがさぞかし不満だったのだろう、いきなりガオガイガーなどを熱唱する。いきなりフルスロットルである。その横で小助さんがふにゃふにゃと舞う。
 小助さん、よほど酔っていたらしく、トイレで横になった知らない青年を拉致してきて「結婚おめでとう!」とバンザイ三唱させる。店員を連れてきて「ねね、このふたり、新婚初夜なんですよ。初夜割り引きになりませんか?」などと口説く。やりたい放題である。
 そのまた横では茶川さんの娘さんズがかわいらしくサザエさんなどを歌う。やはり茶川さんはサザエさんなのか。かわいいので披露宴でもらったチョコレートを進呈してポイントを稼いでおいた。

 そしてああなんということでしょう、その後、私と小助さんは、新郎新婦の新居にお邪魔してしまったのです。これだけはやっちゃいかんと死んだばっちゃんに言われてきたのに。中世ヨーロッパでは初夜権を売買するほど重んじられていたのに。初夜を邪魔した奴は百叩きのうえ獄門と江戸時代は決まっていたほどなのに。
 駅前で買った安ウイスキーを飲みながら、私と小助さんが進化について語っていたらしいのですが、よく憶えていない。
 翌朝はすごく二日酔い。起きたころはなんともなく、象の特集を見ながら新婦の手作りの朝食をいただいたりしていたのだが、プロレスを見ているころからだんだんひどくなってきた。高橋留美子劇場を見ているころに絶頂に達し、トイレに駆け込んで二回吐く。
 昼になったのでおいとまする。新郎新婦も旧居へ戻るというので一緒にバスに乗るが、バスの中でまた悶絶の苦しみ。じっと耐えながら早く駅に着けとそれだけを念じていた。小助さんは元気に、駅前のラーメンでも食おうかなどと話していたが、もはや「ラーメン」という単語を聞いただけで腹の底からなにかがこみあげてくる有様だった。
 駅に着くやいなや、もはや新郎新婦に挨拶もそこそこに、駅ビルのトイレに駆け込む。そこで心ゆくまで吐く。三十分ほどトイレに滞在して、なんとか渋谷まで耐えられそうだと見きわめがついてから電車に乗る。渋谷駅でも一回吐き、埼京線に乗り換えてようやく最寄りの駅にたどりつく。
 苦しい腹をかばいながら、ひたすら家を目指してよろばい歩く私。すでに背広の上着は紙袋につっこみ、ネクタイは苦しいので外し、ワイシャツの第二ボタンまではだけ、髪は乱れ無精髭を生やし目は血走って顔色は青ざめている。まごうことなき二日酔い。朝帰りの見本のような姿である。
 家に帰ってからも二回ほど吐いた。しまいには吐きすぎて喉が破れて血を吐いた。やはりこれほどの手ひどい二日酔いは、kasumi神様と徳田若神様の新婚初夜を邪魔するという悪行への天罰というべきだろう。どっとはらい。


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