千葉ロッテマリーンズに就いて

 山本功児監督というこの上なく地味な監督のもと、小坂、黒木、福浦、初芝、堀など地味な面々が揃う地味球団マリーンズ。その地味世界では、ボーリック程度がスターの扱いを受ける。小宮山なんかもう大スターだ。大スター過ぎて球団を出て行くらしい。残された面々は、「どうせあちらさんみたいなスーパースターは俺達とは人種が違うのさ」「そうそう。大スターには巨人がふさわしいんだろさ」「ふんだっ。ヒルマンみたいになっちゃえっ」と傷口を舐めあっているとか。

 選手は地味だが球場は派手だ。千葉マリン球場。常時風速十メートル以上の強風が吹き荒れる。「風のため中止」があるのはこの球場くらいだ。内野フライが風に乗ってスタンドインしたり、絶対ホームランが風に押し戻されてキャッチャーフライになったり、ライトフライがレフトフライになるなど日常茶飯事。「狂風世界」と呼ばれ恐れられている。
 そんな球場だがロッテはよほど嬉しかったらしく、フランチャイズ移転を記念してわざわざ「千葉」の文字を先頭に、海岸球場を記念して愛称の「オリオンズ」を「マリーンズ」に変更した。愛称を人気投票したところ圧倒的に「パイレーツ」が一位だったのだが、それを強引に「マリーンズ」にしてしまったのだ。どんなに嬉しかったか分かるだろう。

 嬉しいのも道理、千葉マリン球場はロッテ球団創設以来初の自前の球場なのだ。毎日オリオンズとか大毎オリオンズ、東京オリオンズと名乗っていた時代はその名も東京球場という由緒正しい球場を持っていた。もっとも所在地が南千住だが。その後1969年にロッテが球団を買収してからは、フランチャイズ球場というものを持たなかった。仙台宮城球場が準フランチャイズに定められたが、そこで試合するのは三分の一以下。今日は藤井寺、明日は平和台と流浪を繰り返すチームを、世人は「ジプシー球団」と呼んだ。今なら放送禁止もののニックネームだ。
 なにしろフランチャイズというものがないから、常に他人様の球場で試合していたのである。ビジター精神とでもいうか、どうしても間借りして試合させていただいているという卑屈さが漂う。地元の圧倒的多数のファンに支持されて野球したという経験がない。どうしても、「へえへえ、すまんことでごたる。試合終わったらすぐ帰りまっさかい。もちっと辛抱してつかあさい」などと謝りながら試合する感じになる。なにしろ日本国中を巡業しているので、方言もいろんなのが混じってしまうのだ。

 その後、川崎球場をフランチャイズに定めるが、これも大洋ホエールズが横浜ベイスターズと改名して横浜スタジアムに逃げていった後をもらい受けた、いわばお下がりである。どうしても川崎の観客は前の球団と比較する。「ロッテは弱いではないか」「大洋の方がよかった」「ロッテには田代がいないのでつまらん」「ミヤーンもいないのでつまらん」「遠藤もいないのでつまらん」「藤倉をもっと試合に出せ」「巨人が試合に来なくなってしまったではないか」等々、いわれない中傷を浴びたのである。浴びてますますいじけてしまったのである。いじけてグレてしまったのである。
 川崎といえばソープである。バイオレンスである。当然、球団のチームカラーも「エロス&バイオレンス」を合い言葉にした。グレた生徒、じゃない選手達には、このテーマは受け入れやすかった。みな、嬉々としてパンチパーマをあて、剃り込みを入れた。
 エロスとバイオレンスでは誰にも負けない金田監督のもと、有藤、落合、愛甲、村田、アルトマン、八木沢、牛島など。子供がまともに見たら座り小便して号泣するほど恐ろしい面子を揃えた。「ケンカになったらとにかく前に出ろ」を合い言葉に、投手は殺人ビーンボールを磨き、野手はスパイクで内野手のアキレス腱を狙った。退場数日本一の金田監督、マニエルの顎を砕いた八木沢のビーンボール、輝かしい戦歴である。

 そんな艱難辛苦の末、やっと手に入れた自前の新品球場である。心機一転、改名もした。もともと根は素直で愛すべき生徒達、じゃない選手達である。過酷な運命と悪い環境が悪かったのだ。南千住、仙台、川崎。仙台はともかくとして、南千住や川崎はどう考えても、子弟の教育に適したところではないよなあ。いや偏見かもしれんが。普通の生徒でもグレてしまいそうな土地柄だ。
 というわけでロッテの選手達は心を入れ替えた。パンチパーマをやめてサラサラヘアにした。剃り込みもやめた。インタビューで笑顔を見せるようになった。オフのバラエティ番組でおどけて見せるようにすらなった。顔が怖くてどうにもならない愛甲や伊良部は放出してしまった。とにかく走れ走れの金田監督も去り、アメリカ帰り(これって死語?)の立花コーチの練習方法は日本一と言われている。ロッテは着実に更正への道を歩んでいるのだ。元近鉄の加藤に「巨人はロッテより弱いですね」と弱者の標準のように扱われたり、現近鉄の小池のように「阪神とロッテにだけは行きません」とドラフト前夜に宣言されるようなことも、これからはなくなるだろう。不良仲間だった阪神からすれば寂しい話ではあるが。


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