西武ライオンズに就いて

 かつて西武は巨人に代わる新・球界の盟主として仰がれる存在だった。コンディショニングコーチ制度の導入、コンピュータ化された詳細な査定、選手個人ごとのきめ細かなケア、恵まれた寮や練習施設、そして手厚い報酬。これらは他の十一球団すべての選手を羨ましがらせるに充分だった。
 これに応え、スター選手も輩出した。石毛、秋山、工藤、そして清原は全国区の人気を誇った。これらのスター達を、初期には広岡、のちに森という名監督が指揮した。優勝。そして日本シリーズ制覇。西武の時代だった。

 ところが、いつの間にかスターがすべて球団を去ってしまった。残されたのは地味な選手ばかり。辛うじて全国区の知名度を持つのは松井のみ。率いるのは東尾監督。圧倒的に強いわけではないが、かといって日ハムや阪神のように笑いものになるほど弱くはない。西武は、ひどく書きづらいチームになってしまった。

 1999年、その西武にやって来たのが松坂大輔である。掛け値なし、金看板付きの大スター。甲子園春夏連続制覇の栄冠をひっさげてドラフト一位でプロ入り。弱冠十八の少年がプロの強豪を相手に投げ抜き、十六勝の最多勝。文句なく新人王確定。MVPすら噂される逸材である。

 この松坂、実力もさることながら、強運の持ち主であることも知られている。甲子園の優勝や最多勝のことではない。彼は今まで、かけられた数多くの呪いを克服してきたのだ。それも、常人ならひとつで潰されてしまうという強力な呪いを。

 昨年春、横浜高校のエースとして甲子園に登場した松坂。順調に勝ち進み、関大一高との決勝戦。地元大阪勢の優勝を、の願いをいとも簡単に一蹴した。完封で優勝。そんな松坂を、第一の呪いが襲った。それは、「甲子園の優勝投手は大成しない」。これまでの優勝投手で、投手として成功したのは尾崎、桑田、野村くらい。あとは王、金村、愛甲、畠山のように打者転向したか、あえなく消えていったかのどちらかである。やはり甲子園の連投が高校生の肩や肘を痛めるのだろう。常人なら。

 しかし松坂は常人でなかった。夏の甲子園にも参上した。延長十七回、二百五十球を投げたりもした。連投もした。そして連続優勝。しかもノーヒットノーランのおまけ付きである。彼はいったい、疲れるということはないのか。だがそんな松坂に、呪いのダブルパンチが訪れた。「甲子園で酷使された投手は潰れる」という第二の呪い。そして、 「甲子園でノーヒットノーランを達成した投手は大成しない」という第三の呪い。今まで甲子園でノーヒットノーランを達成した投手はのべ二十三人いるが、後にプロで成功した投手は新谷と工藤の二人だけ。そのノーヒットノーランを、松坂は決勝戦で達成してしまったのだ。呪われないわけがない。

 しかし松坂は、呪いのダブルパンチにもめげず親善野球でまた好投、そしてドラフト一位で西武へ。しかし呪いは諦めなかった。プロ入りした松坂を第四の呪いが襲う。シアンフロッコ、ブロッサーの両外国人が頼りにならないため、急遽来日したジンター選手が、松坂に「君は日本のケリー・ウッドだ!」と恐ろしい呪いをかけたのだ。ケリー・ウッドとは何者か。高卒で1995年カブスに入団。97年にはメジャーに昇格し、いきなり十三勝。一試合二十奪三振の大リーグタイ記録を残し、文句無しの新人王に輝く。しかしいきなりの投げすぎで肘を壊し、手術。98年は棒に振った。99年春、自棄酒で泥酔して立ち小便し逮捕される。ああ、こんな選手になぞらえられてしまった松坂。

 しかしめげずに松坂は投げ抜いた。早くも四月には二勝。完封もひとつ。しかしまさかそれが第五の呪いだったとは。高卒新人の四月の完封は、森安以来三十四年ぶりと騒がれてしまったのだ。森安とは何者か。1965年、関西高校からドラフト一位で東映に入り、十一勝を挙げ新人王。翌年以降も十五勝、十六勝、十一勝と安定して勝ち星を挙げたが幸運もそこまで。肘を壊して70年には五勝止まり。自棄酒を飲んでいるところを暴力団につけ込まれ、八百長に巻き込まれる。いわゆる「黒い霧事件」。これで球界追放。ああ、またもこんな選手と比べられるとは。ちなみにこの森安投手、68年にはシーズン与死球二十二の日本記録を持つ。タイプ的にも松坂に似ていたのかもしれない。

 しかし松坂は投げ続ける。そしてシーズン終了。松坂は十六勝を挙げ、単独のパリーグ最多勝に輝く。高卒新人の最多勝は宅和投手以来四十五年ぶりの快挙。ああしかし、それが第六の呪いだった。
 宅和とは何者か。1954年、高校から南海に入団し、二十六勝九敗というみごとな成績で最多勝と新人王を獲得。翌年も二十四勝で最多勝。しかし幸福はここまで。翌年は六勝、57年にはついに勝ち星なし。59年にはトレードで近鉄に放出されるが、それ以降もまったく勝てず、61年に引退。通算五十六勝のうち五十勝を最初の二年で挙げた、こんな太く短い投手とまたも比べられてしまうとは。

 これだけの呪いを克服して、松坂は来年も勝ち続けるのか。強運は来年も松坂を守り続けるのか。松坂の明日はどっちだ。どっちでもいいけど。


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