その名も偉大なカメハメハ

 生物学には、バーグマンの法則として知られている法則がある。これによると同じような恒温動物種は、南方の種よりも北方の種の方が大きい。例えば熊の最大はアラスカのコディアックヒグマかホッキョクグマだし、虎の最大はシベリアトラである。これは身体が巨大化した方が身体の体積に対する表面積の割合が小さくなり、従って寒地で体温が奪われることが少なくなるためだろうと言われている。
 もうひとつ、島の法則として知られている法則が生物学にはある。これは、同じような気候の近縁種の恒温動物の場合、大陸に住んでいる種より島に住んでいる種が小さくなる、という法則である。「がきデカ」で有名な八丈島のキョンは、本土の鹿の矮小種である。その本土のニホンジカも、中国大陸の鹿に比べれば小さい。西表島のイリオモテヤマネコは中国南部のヤマネコの近縁種で原始性を残している貴重な種だが、身体はひとまわり小さい。

 とすれば南方で、島に住んでいる恒温動物はいちばん小さいはずだが、そうも言い切れない例がある。
 ハワイの島のカメハメハ大王である。なにしろ大きな王なのだ。そんじょそこらの王よりはデカいのだ。

 ハワイの王様として並ぶものない知名度を誇る王様である。なにしろカメハメハ。カメなのである。それをハメちゃうのである。それでハァなんて吐息をついちゃったりするのだ。おまけに大なのだ。いやんそんなの入らないわ。エッチ。ちょっとこれに勝てるものはあるまい。
 強いて対抗馬を挙げればインカの皇帝マンコ・カパックだが、しかししょせんは皇帝。大王にはかなうはずもない。皇帝なんか中国にゴロゴロいるしローマにもゴロゴロいる。世襲制で皇帝の息子なら皇帝なのだ。くだらん。日本の天皇だって戦前はエンペラーと名乗っていた、つーくらい安物の称号なのだ。
 その点大王は違う。そうそうどこにもいるミーちゃんハーちゃんに許されるものではない。恐怖の大王とつけ麺大王にしか許されない称号なのだ。吉野家だって牛丼大王を名乗ることは許されなかったというくらい厳しいものなのだ。

 大王といえばアレキサンダー大王もいるが、ちょっと差がありすぎる。だいたい名前で駄目だ。アレキサンダーなんて月並みな名前のくせに大王を名乗るなんてちゃんちゃらおかしい。だからプトレマイオスとかセレウコスとかインパクトのある名前の部下に領土を取られちゃうんだよ。せめてアレキサンダーがアッチラという名前だったらなあ。
 あとはフリードリッヒ大王というのもいるが、問題外だな。ドイツを統一したくらいでなにが大王だ。てめえなんぞエリザベータが死んだといって狂喜乱舞するくらいが関の山だ。大王を名乗るなんぞは千年早い。

 そのように素晴らしいカメハメハ大王なのだが、どういう時代にどういう治績を残した人なのか、まるで分かっていないのが残念である。どうやらハワイを占領した米軍が念入りに神話伝承のたぐいを隠滅して廻ったらしく、我々に残された資料としては、「みんなのうた」で愛唱された、次の歌があるだけだ。確かこんな歌詞だったと思う。

南の島の 王様は
その名も高いカメハメハ
仕事嫌いな大王で
風が吹いたら遅刻して
雨が降ったらお休みだ
カメハメハ カメハメハ カメハメハメハメハ(飽きるまで繰り返し)

 ううむ、これで大王か?
 これは単なる仕事嫌いのオッサンではないか。
 たかが右大臣の織田信長だって、激しい夕立をついて田楽狭間に今川軍を迎え撃ちに行ったのだぞ。
 お歯黒を塗って美少年を漁るだけがとりえの馬鹿者のように思われている今川義元だって、ちゃんと夕立の中、輿に乗って田楽狭間に信長軍に殺されに出かけたのだ。
 いや、待てよ。
 今川義元がもしもカメハメハ大王のような怠け者だったとしたら。

「殿!ご出陣の支度ができました! いよいよお輿を!」
「うーん、雨が降ってきそうだから明日にする。今日はやんぴ」
「殿!殿!」

 ということになって、むざむざ死なずにすんだということでは。
 となると織田は今川を倒せないから上洛もできず、徳川はずっと今川の奴隷のままで、今川・北条・武田の三国同盟がずっと続いているから上杉も関東に手が出せず、結局は三国同盟で上洛を果たし、今川・武田の連立政権で戦国は終焉したのかもしれないぞ。
 今川もカメハメハ大王の如く、自然に逆らわず、素直に生きていれば天下人となれたのかもしれないのだ。

 そうか、だからこそカメハメハが大王なのだ。
 自然に逆らわず、素直に生きよ。
 身に沁みる言葉です。
 ということで、今日も梅雨だ。
 お休みします。グウ………。


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