訣別の辞

 私はひとつの計画を立てた。ひとりの幼児の人生を狂わせてやろうとしたのである。
 知人の息子で、名はゴドー。別に日本野鳥の会会長だったわけでも待たれたわけでも霊能力があるわけでもないらしい。一介の幼稚園生である。

 それはゴドーが2歳になった頃から始まった。彼を、取り返しのつかない特撮漬けにしてしまおうという計画である。

 第一は、怪獣漬け計画である。
 まず、私が小学校の時から集めていた怪獣の人形を20個ほどプレゼントした。その中には、どういう訳か大学時代に買ったものもある。どういうわけだ俺。
 突然、身長約20センチの人形20個のオーナーになった幼児は、明らかに呑まれていた。2歳の男の子は、ブラックキングの凶悪な表情におびえ、テロチルスを近づけると泣き出す始末であった。

 まずい。怖がらせてしまったようである。少しずつ渡した方がよかったのだろうか。ケムラーの顔が、あまりに醜悪だったか。緒戦敗退か。私の計画は、しょっぱなで失敗したのであろうか。

 しかし、数日でそれにも慣れ、そいつで遊びだしたとの両親の報告に、私は安堵した。
 そして、幼児は新しい怪獣を求め、やむなく両親は買い与えたとの報告を受け、私は会心の笑みを漏らした。
 幸い、そのころウルトラマンティガとかダイナとかいう特撮シリーズが再開された頃だったので、怪獣のおもちゃはいくらでもあった。幼児は、あっという間に50体を超す怪獣のオーナーとなった。

 私だけではない。某先輩は、ビーストウォーズとかいう変身ロボの人形を大量に買い与えた。
 それは私もちょっと欲しくなるくらい精巧に出来ている。ガンダムのような戦闘ロボットが、一瞬にしてゴリラやティラノサウルスやカマキリに変身するのだ。ダンゴムシに変身するのは、ちょっとどうかと思うが。
 もっとも、一瞬というのはテレビの話で、実際には大のおとながあーでもないこーでもないと悩みながら10分間ほどかかってやっと変身する。なにせ精巧だから、パーツも300くらいあるのだ。
 時には変身に失敗して蠅人間のような中途半端な無惨な姿を晒すこともある。

 後輩はウルトラセブンのウルトラホークの精巧な模型をプレゼントした。
 もちろん、ちゃんと1号と2号と3号に分離する。ちゃんとハッチが開くし、中にはキリヤマ隊長とアンヌ隊員が並んで座っている。
 あきらかに子供向けではない。マニア向けのものである。精巧で華奢なので、幼児は自分のおもちゃに触ることを許されず、高いところに飾って置かれた。
 しかし、精巧な造りに感動した幼児の父親がいじくり回していて、誤ってホーク1号の機体を真っ二つに折ってしまい、息子は泣きわめくのであった。

 第2段階として、私はキカイダー漬け計画を発動した。

 キカイダーとは1970年代に放送された、石森(当時)正太郎原作、東映制作の特撮番組である。
 正義のロボット、キカイダーが悪の組織ダークの送るロボットを倒すといった内容で、まあ同じ原作者による仮面ライダーと同工異曲と思って差し支えない。
 違うのは、仮面ライダーに比べ、ずっと人気がなかったことと、予算もなかったこと。
 予算がないので変身シーンは使い回し。それも、ベストテン番組のランキングボードのようなものがかたかた廻って人間の姿がロボットの姿になるというお手軽さ。それが災いしてか人気がなかったうえ、「キカイダーが狂っちゃった、きちがいロボットになっちまった!」等の素晴らしい台詞、ザダムというシャム双生児に似た怪物や、キチガイバトという申し開きのできない名前の怪人が輩出したため、今では放送されていない。

 私はこの番組のLDをダビングしてゴドーに与えた。なぜLDが我が家にあるかは聞かないで欲しい。
 ともかく、今の子供は、キカイダーなど全く知らないはずである。そんな番組にハマってしまったゴドーは、例えば私が教育勅語や、敗戦の玉音放送を暗唱できるような時代錯誤である。もはや仲間からは爪弾き、寂しき特撮マニアの道を歩むより他はない羽目となろう。

 そんな邪悪な計画と知らない児童(幼児から成長した)は、目論見通りキカイダーに熱中した。
 子供というものは記憶力がよい。タコヤマブキだとかクロカメレオンだとかいった怪ロボットの名前も覚えたし、「ハカイダーの歌」を口ずさむようになったほどである。こうして彼は、貴重な記憶能力を無駄に浪費していった。もっとも、子供の記憶力というものは、たいがい何かに浪費されるけどね。

 順調に進んでいた私の計画が崩れだしたのは、ゴドーが4歳になるころからであった。
 色気づいてきたのである。
 家にやってきたお客さんの中から、女性を選んで抱きついてゆく。
 もしその女性がスカートだったとしたら、スカートの中にもぐりこんで行く。
 幼稚園では同級生の女の子と、毎日キスしているらしい。
 といった行動が目につくようになってきた。
 子供はいいなあ。
 オレもやりたい。

 あまつさえ彼は、こんな恐るべき言葉を口走るまでになってしまったのである。
「よーちえんはねー、みさこちゃんと、よーこちゃんと、まゆみちゃんと、きすしたの。だからみんなとけっこんするのー。さおりせんせいも、すきなのー。けっこんするのー。でもせんせいはとしうえだから、おばさんになったら、すてちゃうのー」

 こうなってしまえば、もはや私の計画は失敗である。
 彼は正常に成長してしまった。
 我々を捨て、正しい世界へと旅立ってゆくのである。
 彼を止めるまい。
 私が出られなかった、そしてこれからも抜け出せないであろうステージを越えて、一段階上のステージに上がってゆくのだ。 ゆけ、ゴドー。

 さいわい、この新しいステージでも、ゴドーを教育するのにぴったりの男がいる。
 私の同輩である。
 彼は「女体耕耘機」の異名をとるタフマンである。
 その口は詐欺師より上手く、その肉体は土方より逞しく、その財布はビルゲイツより厚く、そのそれはディックミネより大きい。(らしい)
 なにしろ、大学一年生の時、日刊スポーツのエッチ面に、
「現役東大生ホスト、指名殺到で荒稼ぎ!」
 の大見出しとともに、赤門前でポーズを取る彼の写真が掲載されたくらいである。
 まさに適任者といえよう。

 さらば、児童から少年へと成長したゴドーよ。
 新しい世界に旅立つのだ。
 でも、その世界が嫌になったら、いつでも戻っておいで。
 我々は死ぬまでここにいるよ。 


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