星空のスタンス

 保釈された酒井法子が介護専門学校に入学し、私と同じ介護職をめざすというニュースが流れていた。
 私と同じとはいっても、私は来年2月にヘルパー2級を取得予定。のりピーは2年後に卒業、犯罪者のため3年の執行猶予期間後2年は介護福祉士の資格証は交付されないが、おそらく国家資格ではないヘルパー1級の資格は取得できるだろう。彼女が2年後に介護職に就き、私が奇跡的に同じ職場にありついても、むこうは実質介護福祉士取得済の1級ヘルパーさま、私はしがないヘルパー2級。私が介護福祉士の受験資格を得るのは、最低でもあと1年勤めあげ、さらに介護職員基礎研修を受けてからになる。
 したがって、のりピーはおそらく介護計画実行責任者となり、私はその配下のヒラヘルパーとして、顎で使われる運命にある。

 酒井法子といえば、以前に「飲めや歌えや雑文祭」に参加したとき、ちょうどドラマ「星の金貨」の主題歌でヒットしていた「碧いうさぎ」をタイトルにした。「星の金貨」ってタイトルは今回も使用可能で、なんとも感慨深いものがある。
 そのときには酒井法子と私が同じ職場で働く可能性は絶対0パーセント、天地がひっくり返ってもあり得なかったのだが、それから私が漸減傾向に落ちぶれ、のりピーは急転直下に落ちぶれ、いまや0.1%以下とはいえ、職場を同じゅうする可能性はゼロではない。
 しかも片方は合成麻薬依存症、片方はアルコール依存症、なんたる運命的な一致であろうか。
 これはもう、ふたりの間は、この手の届く距離にまで近づいてきたと言っても過言ではあるまい。

 こういうときに世の中で使う、便利な言葉がある。
「そういう星の巡りあわせ」
「そういう星の元に生まれた」
 本人が努力を怠ったことや、職業にともなうストレスに我慢できなかったあげくにトンズラこいたことや、つい気の迷いで反社会的行為に手を染めたことなどに対し、本人の責任を問わず、すべて天の上に輝く星に責任転嫁する、とても便利な言葉である。

 同じような意味に、
「そういうDNAをもって生まれた」
 という言葉があるが、生物学専攻だったうるさがたがこの言葉を聞いていた場合、遺伝決定論を安易に社会に適用した場合の危険性についてさんざん講釈されたあげく、トンデモさん扱いされてものすごい罵倒を受ける可能性がある。

 司馬遼太郎になるともっと高尚に、
「そういう歴史的使命をもって生きた」
 となる。
 司馬遼史観によると、坂本龍馬も土方歳三も近藤勇も斉藤道三も織田信長も石田三成も真田幸村も塙団右衛門も吉田松陰も高杉晋作も秋山真之も正岡子規も村田蔵六も江藤新平も大久保利通も西郷隆盛も、みんな歴史的使命をもって生き、その使命を果たすとともに死んでいくという、ある意味シャケのような、そういう便利な寿命をもっている。
 だから、なまじ生きすぎて晩節を汚した東郷平八郎や与謝野晶子や滝川一益などは司馬遼太郎のお好みでない。そっちは不遇の晩年を書くのが得意な南條範夫にまかせたと、そういう棲み分けになっているらしい。
 個人的には、用済みになったら殺されるのも、不遇な晩年を送るのも、どっちもいやだなあ。いま不遇だけど。

 古代ローマの歴史家スエトニウスになるとちょっと信心ぶかく、
「そういう前兆があった」
 で説明をつけている。
 カエサルからドミティアヌスに至るまで、いやその後の五賢帝に至るまで、ローマ皇帝たる者は、その崇高な地位につく前兆が、神々によりあらかじめ示されている。たとえば生まれたときの星の位置が王者にふさわしいとか、生地が雷に打たれるとか、母親がアポロン神殿で蛇に犯される夢を見たとか、懐に泥が入るとか。
 むろん、その死も前兆によって決まっている。占いや神託に不吉な言葉があるとか、皇帝の像に雷が落ちるとか、人語を解する牛が生まれたとか。
 とにかくローマ皇帝が神々の意志にそむき、勝手に位についたり死んだりするのはもってのほか。というより不可能。
 神君アウグストゥスや暴君ネロはむろんのこととして、戦乱のドサクサまぎれにちょこっと皇帝を称しただけのオトやウィテリウスですら、占星師の予言やちょっとした前兆によって即位し、不吉な前兆によって殺されるのだから、もう人間の自由意志などほとんど通じない、厳しい世界である。

 立川談志になると、もっとくだけて、
「そういう業なんだよ」
 ということになる。
 世の中の人間すべてが司馬遼の登場人物みたいに気軽に死ねるわきゃねぇだろ、さむれえだって腹切りゃ痛いし死ぬのはイヤだよ。皇帝でもねぇそこらの庶民に、いちいち占いや前兆があったら世の中前兆だらけで置き場に困っちまわぁ。
 こちとら偉人みたいな野望もなけりゃ、お釈迦様やキリストみたいに欲を捨てることもできねぇ。うまいもん食いてぇ、いい女抱きてぇ、そりゃ当然のことだわな。そういう人間が作るドラマだから落語は面白ぇんだよ。ところで楽太郎さん、圓楽の名前を継ぐからには、若竹の借金も代わりに払いなさい。それもいやだなあ。

 やっぱり星のせいにするのがいちばん安全で気楽なようだ。
 ほら、ごらん、あれが僕の運命の星だよ。あら、あれは天王寺の妖霊星。


第9回雑文祭に参加しています。


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