さあ、うつ病になりなさい

 百年にいちどの大不況と言われている昨今、リストラの影におびえている会社員の方も多いのではないでしょうか。
 そんなあなたに、素晴らしいことを教えましょう。決してリストラされることなく、しかも1年以上の長期休暇を満喫することができるのです。嘘じゃないかって? いいえ、断じて嘘ではないのです。だれにでもできて、しかも簡単。
 それが、「うつ病による休職」なのです。
 さあ、あなたも、レッツうつ病!

1.準備期間
 なにごとにも準備は必要です。うつ病も、唐突に訴えたのでは信じてもらえません。最低でも1カ月、できれば3カ月ほど前から、職場で次のような演技を行ってください。
・笑顔を見せない。
・できるだけうつむいて過ごす。
・口数を少なくする。
・食欲がなくなったふりをする。
・いまの仕事や人間関係に悩んでいるようなそぶりを時折見せる。
・仕事のペースを落とす。ミスを多くする。
・月に1日か2日、あいまいな理由で休んでみる。

 以上のような態度は、うつ病の初期症状として認められ、医師の診断にきっと有力な影響力を及ぼすでしょう。
 なお、
・できるだけ残業して給与額を増やしておく。
 も重要です。残業の多さで仕事のストレスをアピールするという利点もありますが、もうひとつの利点については後述します。

2.休職
 さて、いよいよ休職です。
 会社にカウンセラーや産業医がいる場合にはその人を、いない場合は適当なメンタルクリニックを、できるだけ憂鬱で耐えきれない、という雰囲気で訪れましょう。
 訴えとしては「何もする気になれない」「会社にいくのがしんどい」「毎日がつらくてしょうがない」「眠れない」「仕事がうまくいかない」というところでしょうか。これをできるだけ、小声でぼそぼそと、いかにも無理にしぼりだしているような感じで喋ってみてください。ひとつひとつ、相手の一問に対して一答するくらいの間隔で喋るのがいいでしょう。
 相手が「どうしましたか?」と聞いてくるまで、ずっと無言のままでいることも効果的です。
 基本的に、「ぜんぶ自分が悪い」「自分がいなかったらもっとうまくいくのに」「自分なんかいないほうがいいんだ」「いっそ死んでしまえば」という、自罰的な態度を取ることが重要です。「会社が悪い」「上司が悪い」等の、他罰的な態度は逆効果です。
 ここまで話せば、たいがいの医師は、うつ病の診断を下し、「会社を休職してみてはいかがですか」と勧めてくれるでしょう。このとき、いくら思うつぼだからといって、喜んだり、「ラッキー」と叫んではいけません。いかにも気が進まないような様子で、渋々と従うのがよいでしょう。
 間違いなく休職までもっていくために、「首を吊ってみたが紐が切れてしまった」などと衝撃の告白をしてみせるのもいいでしょう。

 このとき、心理テストを受けさせられることがあります。
 心理テストのこつは、ひたすらネガティブな気分。「ときどき死んでしまいたいと思う」などの設問に対して「大いに思う」「すこし思う」「あまり思わない」「全然思わない」のどれかを選択するタイプのテストでは、ひたすら、「俺はダメだ」「全然ダメだ」「もう立ち直れない」という方向の回答を選択してください。
 ロールシャッハテストといって、インクのにじんだような模様を見せられて何に見えるか答えるテストもありますが、ひたすら悪魔とか幽霊とか猫又とか首つりとか血しぶきとか久保田とか、不吉でまがまがしいものの名前を連呼するのがよいでしょう。

3.休職初期
 さて、いよいよ待ちに待った休職生活です。
 ここで気をつけなければいけないことは、休職中には給料が出ないことです。代わりに傷病給付金といって、会社の健康保険組合から、標準報酬月額の3分の2が支給されます。このときの標準報酬月額とは、会社からの直近数ヶ月の給与、賞与によって決められます。ですから、休職直前は、できるだけ残業して稼いでおいたほうが得なわけですね。
 ただし、あくまでも今までの3分の2ですから、あまり贅沢はしないようにしてください。ま、世の中、そこまで甘くはないってことですね。

 休職になったからといってすぐ遊び歩くのは、医師からも会社からも、「こいつ、本当はうつ病じゃないんじゃないか?」という疑いを抱かせることになるので、よろしくありません。ここは遊びたい心をじっとこらえて、1カ月は家にこもって寝たきりでなにもしない生活を送りましょう。
 朝は遅くまで寝ていたほうがそれらしいでしょう。起きてからもぼうっとした様子で、なにもできないような印象を周囲に与えましょう。1時間くらいじっと壁を見つめるのも効果的です。
 午後は少しましになった程度で、家の中をうろつくとか、漫画本をパラパラめくるとか、テレビをぼおっと見るとか、エネルギーを使わない行動に終始しましょう。
 食事は取らないのがベスト。勧められたら、いやいや食べるという態度がいいでしょう。どうしてもお腹が減って、我慢できないという人は、逆にハンバーガーだとかポテトチップスだとかのジャンクフードを、常軌を逸したほどに食べ続けるというのもいいでしょう。要するに、まともな食生活を送っていないことをアピールするのです。
 そうすると必然的に体重が減ります。だれでも簡単に痩せられる、奇跡のうつダイエットです。私はこれで70キロから53キロまで体重を落とすのに成功しました。現在は60キロ。どうです、痩せたい人には、耳よりな話じゃありませんか。
 夜は夜中まで起きていて、どうしても眠れないと医師にアピールするのがいいでしょう。睡眠導入剤や抗不安薬を処方されますが、それでも効かないといって、薬の種類を変えたり量を増やしたりさせることで、うつ病のリアリティを出してください。

4.入院
 医師にアピールしすぎて、「希死念慮がある(自殺する可能性が高い)」と判断された場合、入院させられる場合があります。
 そうなったらいさぎよく諦めて、入院生活をエンジョイしましょう。
 入院にかかる費用は、ベッド代が1日に5千円から1万円くらい(個室か集団部屋かによって異なる)、検査や診察の費用が月に15万円くらい、食事代が1食3百円弱です。検査や診察の費用は、高額医療費制度によって10万円弱に減らすことができます。生命保険に入っている場合、入院費の半分くらいは入院保険でまかなえるでしょう。
 入院生活は暇です。ひたすらに暇です。テレビを見るか本を読むくらいしかすることがありません。ゲームや携帯電話は取りあげられる場合があります。外出も看護士の付き添いがないとできません。ベッドに横たわり、妄想でもして日々を過ごしてください。さいわい、まわりに看護婦さんとか臨床心理士さんとか行動療法士さんとか、女性はいっぱいいます。しかも親切で、話しかけてもにっこり笑って対応してくれます。ゲーム感覚で恋愛妄想にふけるのもいいでしょう。
 早く退院したい場合には、「死のうという気持ちはすっかりなくなった」と、折にふれ医師や看護士にアピールするのがよいでしょう。そのうち外出も単独でできるようになり、めでたく退院ということになります。

5.休職中期
 さて、ようやく1カ月の我慢も終わりました。いよいよ、遊び歩くことができるようになります。
 ただし、遊びを満喫している様子を、絶対に他人に見せてはいけません。
 かといって、遊んだことを隠すのも、ばれた場合の危険を考えると、あまりおすすめできません。
 もっとも好ましいのは、次のような態度です。
 たとえばディズニーランドに行きたいとしましょう。よろしい、堂々と行きましょう。行って平日の混雑のないディズニーランドを、思う存分お楽しみください。
 そして後日、医師には、沈んだ様子でぼそぼそと語るのです。
「気分転換にでもなるかと思って、ディズニーランドに行ってみたんですが、人が多くて、気持ちが悪くなって、すぐに出てしまいました」
 ただし、いくらミッキーと記念撮影がしたいからといっても、楽しんでいた証拠を写真に残すのはもってのほかです。ミッキーとのツーショットは、うつ病が終わってからにしなさい。

 毎日遊び歩くのは、さすがに疑いを抱かせるもとになります。遊びに出るのは週に3日くらい。遊びに行った翌日は、かえってうつが悪化したようなふりをして、1日中寝込むのがいいでしょう。

6.休職後期
 楽しい休職も、さすがに永遠とはいきません。
 会社によって違うようですが、だいたい休職期間は1年から1年半。それを超えると、自動的に病気退職になってしまう会社が多いようです。
 ですから、残念ですが、そろそろ復職に向けて行動しなければなりません。
 医師には「落ち込みがなくなった」「よく眠れるようになった」「人混みの中でもつらくなくなってきた」「図書館で半日本を読んでいられた」「今は死にたいという気分はまったくない」などと、回復をアピールしていきましょう。
 そうすれば復職可能の診断書を書いてもらい、会社との話し合いに入ることができます。
 会社の人との面談では、「元気になった自分」と「でも復職に向け不安でいっぱいな自分」をうまく使い分け、できるだけ楽な職場で、負担の少ない仕事をさせてもらうようアピールしましょう。
 会社によってはすぐ復職ではなく、仕事のない状態で職場に行くだけという、リハビリ出社や試し出社の制度があるところがあります。もし復職までまだ期間的な余裕があるのなら、意味もなく2日ほど続けて休んでみたりして、「まだ不安定な自分」をアピールして見せるのもいいでしょう。

7.復職後
 残念ながら休職は終わり。ふたたび会社に勤める日々が始まります。
 いちどうつ病で休職したら、最低半年は同じ手は使えません。諦めて働くことです。
 しかし、すべてが以前のまま、というわけではありません。
 あなたはおそらく、楽な職場で、楽な仕事をやらされているでしょう。残業もしなくていいでしょう。むろん休日出勤もありえません。
 ただし人事査定は最低となり、ボーナスは最低額しかもらえないでしょう。今後の昇進も、諦めたほうがいいでしょう。ですからうつ病は、会社で偉くなりたい人にはおすすめしません。
 しかし、いまの世間ではメンタルヘルスの問題が大きく取り上げられるようになっています。会社も世間体を気にしていますから、うつ病歴のある社員を解雇するのは、よほどの落ち度がこちらにない限り、ないといっていいでしょう。
 ヒラのまんま雇用は確保されて定時退社、仕事は適当にやってりゃいいという、まさに故植木等の「サラリーマンは 気楽な稼業ときたもんだ 社長や部長にはなれそもないが 定年なんて まだ先のこと チョックラチョット パァにはなりゃしねえ」を地でいく存在に、あなたはなれたのです。なあに、人生には会社以外の楽しみがいっぱいあります。おめでとう。


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