秘太刀唐竹割り

「こんな夢を見た」
 堀川国安は呟いた。
「立ち会った相手の刀が、鞘を脱したとたんに、二尺も三尺も伸びたのだ。あまりのことに呆然としていたわしは、受けることもできずにそのまま斬られてしまった」
「おじさん、考えすぎですよ」
 安之進は握り飯を食いながら、不明瞭な言葉でこたえた。
「しかし、そうとしか思えん」

 ここは水戸。
 常陸54万石の城下である。
 当主の佐竹右京大夫義宣は、石田三成と昵懇の仲である。
 その点では安心できる土地ではあったが、その城下を騒がす者がいる。
 このところ家中の腕自慢の男が、3人まで謎の人物に斬られて命を落としている。
 そして4人目の男が、新当流道場の主、上園迷斎であった。
 ふたりはその迷斎の道場へ行こうとしている。

 師範代は、ふたりを道場の奥に案内した。
 そこに迷斎のむくろが横たえられている。
 国安はそれを子細に検分した。
「やはり、右から逆袈裟に斬りあげられている……3人と同じじゃ」
 国安は、師範代にたずねた。
「居合で斬られたものと見ますが、いかがか」
「わたくしもそう思います。しかし」
 と、師範代は答えた。
「先生ほどのお方が、居合になんの手もなく斬られるとは、わたくしは今でも信じられませぬ」
 居合に対処する方法は、ふたつある。
 ひとつは身をしりぞいて、居合の初太刀をかわすこと。
 いったん刀を抜いてしまえば、居合の使い手は並の剣士以下であることがおおい。
 もうひとつは逆に、近づいて相手の鐔元を圧し、刀を抜かせないこと。
 切り口の浅さからみて、迷斎は最初の方法をとったように見える。
 しかし見切りを誤ったのか、斬られた。

「先生は、この石になにか書き残しておりました」
 師範代は変哲もない石を持ちだした。
 そこに血で字がかかれている。
「でじたる らいふ……迷斎どのは、まな(漢字)は使われませんでしたか」
「いいえ、書けるのはかなだけでございます」
 剣術使いには無学な人物が多い。
 みずから五輪書を書き、画才もあった宮本武蔵などは、まったくの例外である。
 かなだけでも書けるだけ、迷斎は並以上だったろう。
「でじたる らいふ……何の意味であろうか」
 国安は口の中で何度も繰り返したが、意味はわからない。

「やはり、当たってみるしかないか」
 道場を出た国安は呟いた。
「何の作戦もなしに? それって、無茶ってことじゃないですか」
 安之進が笑った。
「なに、いちおう策は立てておく」
 ふたりは農家に行き、なにか抱えて出ると、街道をめざした。

 夕暮れすぎた街道には、通る者もいない。
 国安と安之進、ふたつの影が、月明かりに照らされているだけだ。
 そのふたつの影に、いまひとつの影が、いつの間にか重なった。
「お主か、家中の者を斬っておる居合遣いは」
 国安の言葉に答えようとせず、男はやや身を沈め、刀のつかに右手をかけた。
 その刀が変わっている。
 つかは鮫革のふつうのものだが、鞘が白木である。
 いや、木ではなく、竹を削ってこしらえた鞘である。

 男は柄を握った右手に力をこめた。
 そして竹の鞘が割れ、その勢いのまま刀身は円軌道をえがいた。
 その軌道は鞘から刀を抜いた軌道と、まるきり違っていた。
 存分に斬りあげた。
 藁が飛びちった。
「……?」
「変わり身じゃ」
 まっぷたつに斬られた藁人形の陰から、国安は姿をあらわした。
 鞘を脱した居合は、並以下の剣士となる。
 逃げようとした。
 ふりむいた男の前に、安之進がいた。

「なるほど、竹鞘であったか」
 斃れた男の鞘を、国安はあらためた。
「でじたる らいふ……つまり、出似たる、来復ということを書こうとしたのだな」
 国安はひとりごちた。
「鞘から出るに似ているが、それとは違う出かたで、刀が来復する……」
「遅いですよ、わかるのが」
 安之進は評した。
「みんな死んでから推理する捕物帖みたいじゃないですか」


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