きんぎょ注意報

 俳優の竹脇無我さんが鬱病になったときの手記をネットで読んだのだが、その中に「鬱の人は金魚を飼うといい」というくだりがあった。
 その勧めで金魚を飼いだしたのだが、たぶん竹脇さんの言う金魚とは、琉金とかピンポンパールとか、おとなしい金魚のことを指すのであって、コメットや朱文金のような凶暴な金魚のことではないと気づいたのは、半年後のことであった。

 まず近所のホームセンターに行って、金魚のお部屋Sセットというものを購入。これは小さな水槽に、投げ込み式フィルターとカルキ抜き、金魚とメダカの餌がセットされていた。これと底砂を購入し、水槽に底砂を敷いてエアレーション接続、水道水とカルキ抜きを入れて3日ほどカラ運転。
 それから生物を購入。コメットという、白と赤のだんだらで尾びれが長い種類の金魚を2尾。水槽のいろどりのつもりでマツモという日本産の藻を少し。ガラスのコケ掃除用に石巻貝を2匹。これを水槽に投入した。
 しかし環境が激変したのが身体に応えたのか、水槽のカラ運転がまだ足りなかったのか、金魚の鰭のあちこちに白い斑点が発生。まごうことなき白点病です。
 またもやホームセンターに走り、メチレンブルーを購入して投入したのだが、これがものすごい発色力で、あっという間に水槽のすべてのものが青く染まる。フィルターからホースから、石巻貝の殻までも青く染まる。おまけにこのフィルター、活性炭が混入しているため、メチレンブルーの薬用成分までも吸収してしまうと気づいたのは翌日。あわてて金魚をバケツに移し、またもメチレンブルーを入れ直したのだが、哀れ1尾の金魚は介抱むなしく死んでしまったのであった。

 ようやく生き残った1尾は、白点病もおさまり、水槽に戻ってすくすくと育っていたのだが、この金魚が意外と凶暴であることに気づいたのは、それからしばらくしてのことだった。
 まず、マツモが全滅。枯れたのではない。食われてしまったのだ。よく見ていると、一日2食の充分な餌を与えられているはずの金魚が、食間におやつのつもりかふざけ半分なのか、マツモの葉をかじりとってゆく。マツモの成長は早いのだが、この金魚攻撃にはひとたまりもなく、丸坊主となって全滅。
 そして水槽のレイアウトとして買ってきて入れたモアイ像を、必殺ヒレキックで撃破。なにしろコメットの尾は、普通の金魚よりもリーチが長い。つまりはテコの原理で、普通の金魚の倍の力がモアイ像を襲うことになるのだ。あえなく横倒しとなるモアイ。コメットさん、スペインの宣教師よりも凶暴だぜ。

 金魚がこんなにも凶暴なのは、ひとりで淋しいんではないかと推測、江戸川金魚祭で、コメットを1尾と、朱文金という白と灰と赤と黒がまだらになったような金魚を2尾買ってきた。
 前回のこともあるので、買ってきてすぐは一緒にせず、サブの水槽に入れていたら、案の定白点病を発病したので、またバケツに移してメチレンブルーで10日ほど薬浴。前回の経験を生かして、こんどは3尾とも元気に回復した。
 一緒にしてみてはじめて気づいたのだが、最初の金魚の成長がハンパじゃねえ。確か買ったときは、新しく買った金魚と同じくらい、だいたい4センチくらいだったはずなのだ。それが今では新参金魚のたっぷり倍、10センチにはなっている。金魚って半年でそんなにも育つものなのか。
 原住民の金魚がチビの新参金魚をいじめるのではないかと心配していたが、そんなこともなく、むしろお姉さんの貫禄で道をよけてあげるほどの気遣いで、4尾は仲良く同じ水槽で育つのであった。めでたし、めでたし。

 と思ったが、全然めでたくない。4尾になった金魚はおとなしくなるかと思いきや、以前の4倍のパワーで凶暴化していた。
 ウィローモス(水中性のコケ)をタコ糸で縛りつけて活着しようとしていた、以前よりひとまわり大きなモアイ像に、猛然と襲いかかる。タコ糸を噛み切る。モスを食らう。そして最後に、必殺ヒレキックで巨大モアイもノックアウト。むろん小さなモアイは指先ひとつでダウンさ。
 マツモの代わりに買ってきたカボンバ(これも似たような藻)も、トーモロコシを食うような勢いでかじり取り、またもや丸坊主に。
 そしてアマゾンソードの茎を残し、葉っぱの部分だけ器用にかじって、なぜか一枚の葉だけ残してオーヘンリーな状態にしてしまう。ああ、あの最後の一枚が落ちたとき、金魚は死ぬわけないだろこんな凶暴なのに。
 要するに金魚、それもコメットや朱文金のような、いわゆるフナ尾タイプの金魚は、環境もなんも関係なしに、ナチュラルで凶暴なのだと、ようやく気づくに至ったのでした。

 それまで本屋を見ていて、熱帯魚の雑誌は3種類も出ているのに金魚の雑誌は1冊もない、これはなぜかと思ったのですが、金魚には水槽レイアウトというものが存在しえないからですな。
 熱帯魚雑誌を見ているとわかるが、熱帯魚ファンは熱帯魚を飼うのではなく、水草を栽培している。少なくとも、熱帯魚にかける金の数倍を、水草に消費している。
 熱帯魚ファンは、どんな魚を飼うかではなく、まず水槽のレイアウトをどうしようか考える。そして流木だの麦飯石だのを、高い金を出して購入する。そして水草だ。これも色合いとレイアウトを考え、数種類の水草を細心の注意を払って植えつける。
 水草によっては、蛍光灯の光では光量不足の場合があるので、メタハラという会社をクビになりそうなランプを購入する。これはメタルハイドライトといって、野球場のナイター照明みたいなもんと思ってもらえばいい。この値段が蛍光灯の10倍はする。
 さらに水草によっては、水中に溶けたりや魚が吐いたりした二酸化炭素では光合成に不足する種類のものもあって、こういう植物には二酸化炭素をわざわざ添加してやらねばならない。わざわざ二酸化炭素のボンベを買ってきて、レギュレータで水槽にブクブクしてやらねばならない。まあ、卒倒した人に酸素ボンベを吸わせるようなもんだと思ってもらえばいい。これがセットで1万円近くはする。
 さらに水草の葉に生えるコケを取るために小海老を飼わなければならない、水草の回りを掃除するためにプレコという南米ナマズを買わなければならない、等々と経費はますますかさみ、アクアリウムメーカーはそこから莫大な利潤を吸い上げ、雑誌に広告を出す、と、まあ、こういう世の中の仕組みになっているわけだ。

 ところが金魚にはレイアウトも糞もない。邪魔な流木はへし折って通る。メタハラだろうが二酸化炭素だろうが、いくら労して育てた水草も1日で食い尽くしてしまう。岩に活着したコケはむしり取ってしまう。たとえ水槽レイアウトコンテスト世界一に輝く水槽だろうと、そこに10センチの金魚を放流したら、たちまちゴミクズの吹きだまりとなることは確実である。
 というわけで私は金魚以外のすべてを諦め、レイアウトは無理、水草は金魚のおやつと割り切って、金魚を育てることに専念している次第である。その甲斐あって、初代の金魚は15センチ、2代目の3尾は10センチまで成長した。
 はっ。そういえば、この諦める、できないことはできないと割り切る、この心理姿勢こそが、鬱には効果的だったのかもっ。


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