野村再生工場の秘密

「われわれ取材班は、東北楽天イーグルス二軍の本拠地、山形蔵王タカミヤホテルズスタジアムの室内練習場で、非人道行為が行われているとの情報を入手し、検証のため潜入しました」
 女子アナの声に、薄暗い練習場の窓の映像がかぶさる。
 ふつうの夜間練習なら煌々と照明がついているはずの練習場が、このような薄暗い照明なのはなぜだろう。ときおりゆらめく。窓を通して室内にピントを合わせると、それは百目蝋燭の灯だった。
「あ、……あそこにいるのは、先日2軍に落とされた一場選手ですね。しかしなぜ、あんな格好をしてるんでしょう」
 女子アナの指さす先には、パンツ一枚の若者が、背中に11とマジックで書かれ、鉄条網で全身を縛りつけられて転がっている。その若者に、コーチらしき男性が容赦なく怒鳴りつける。
「おい一場、7点もらった先発投手が、まず心がけることは何だ? 言ってみろ!」
「うう……か、かんとうすること、で、す」
「アホンダラァ! そんなんはエースの考えるこっちゃ。岩隈様が考えとったらええんじゃ。お前はいまだにエース気取りか? ええ?」
 男性に蹴飛ばされ、床をごろごろと転がる若者。回転するたびに、鉄条網の棘が肉体に食いこみ、鮮血を散らす。
「おい、そこのエース気取りのクズ。10回言え。私はエースじゃありません、とな」
「わ……わたしはえーすじゃありませんわたしはえーすじゃありません……」
「声が小さぁい!」
 有刺鉄線竹刀で殴られ、またも鮮血がとびちる。

「あ、あちらにいるのは、一軍でばりばりやってるはずの、嶋選手です!」
 そこでは電気椅子のようなものに縛りつけられた若者が、頭に電極のついたフードをかぶせられている。
「どうやら野村監督じきじきの指導のようです」
 確かに、電気椅子の横に立っているのは、東北楽天イーグルス一軍の、野村監督に間違いなかった。
「第27問。埼玉県幸手市で発行された『らき☆すた』の商品券で、千円券で大きく描かれているのは、こなた、かがみ、つかさ、みゆきのうち誰でしょう」
「……う……み、みゆき?」
「ブブー。正解はこなたでした」
「うぎゃああああああ」
 どうやら不正解の場合、脳の苦痛中枢にセットされた電極に電流が流れる仕組みとなっているようだ。
「第28問。『ひぐらしのなく頃に』『美少女戦麗舞パンシャーヌ 奥様はスーパーヒロイン!』の購入履歴があってポイントが2000溜まっているさくらやカードと、南千住−秋葉原間の通過履歴しかなくて残金10円のSUICA、貰うならどちらを選ぶ?」
「あああ……ささ、さ、さくらや……カー……ド」
「つくづく阿呆やなお前は。正解はSUICAじゃ。駅で返せばデポジット500円が返ってくるやろうが」
「ひぎゃあああああああ」

 われわれ取材陣は、野村監督に正式にインタビューを申し込んだ。
 それは意外なほどすんなりと受理され、楽天球団の応接室に通された。
「アレを見てもたんか……説明しとかんと、なんやワシが拷問でもしているかのように思われかねんからな」
「しかし、あの状況は拷問そのものでしたよ。少なくとも、野球のトレーニングの域を超えています」
「ワシらのやってることは昔から洗脳や脱洗脳と一緒や。まず第一段階として、選手が自分で思っている美化した自分像というモンを打ち砕く。いったん自我を崩壊させる。それから第二段階として、選手の本来進むべき道を与える。第三段階で新たなる道に向かって練習する。ここまでいったら、ワシらの仕事は終わりや。ちゃんと使える選手になってくる」
 野村監督は腕組みをしたまま、ソファに深く身体を埋めた。
「しかしな、この第一段階が難しい。たとえば阪神の平尾やったが、高校時代の50何本かのホームランが邪魔になって、自分がプロでは中距離ヒッター以下やという事実を認識させんのに2年かかった。一場も松崎もドラ1やからな、あと3年くらいかかるんと違うかなあ」
「あの……阪神やヤクルトでも同じことを?」
「うん、阪神は鳴尾浜の寮に防音の地下室を作ってもらってそこでやってた。マスコミやタニマチに気づかれたらえらい騒ぎになるからな。ヤクルトは戸田でやってた。あっこは観客もほとんどおらんから、2軍の試合後にグラウンドでやってたよ。埼玉は人、おらんからな」
「あの……嶋選手への特訓というかなにか……なんですが、野球とは関係のない話ばかりだったように……」
「ささやき戦術のトレーニングや。キャッチャーは受ければいい、盗塁を刺せばいいで通用するのは松坂クラスの投手や。プロの捕手はおバカでは勤まらん。たとえドミンゴであろうとリードできな失格や。そのためにリードはもちろんやが、ささやきの援護射撃が必要なんや。たとえばアニメオタクの選手が打席に立つとするよな。打ち気に逸ってるところで、『こないだのダ・カーポ2、見たんですけど脚本というか演出がトロくなってますよね。岡本さん、テキトーに流すつもりじゃないですか?』と囁いたら、打者は動揺するやろ。ささやきには知識が必要や。『きのう、六本木の外人パブで、西岡さんの別れた彼女が黒人とイチャついてましたよ。肩を並べて丸ノ内線の改札通ってましたよ』なんて言うたら、即座に嘘とバレるやろ。そのための知識注入トレーニングや」
「いま、野村再生工場に収容されているのは何人ですか?」
「一軍の試合が終わってから来る嶋みたいなんを除外して、だいたい10人くらいかな」
「いま、いちばん力を入れている選手は?」
「一場と松崎かな。やっぱりドラ1という精神的外壁は、そう簡単には崩れんなあ。あとは森谷。困ったことに洗脳しようにも、洗うべきものがないんで、どう教育しようかと途方に暮れているところや」

 われわれは取材に協力してくれた野村監督に深く感謝して、阿鼻叫喚の渦巻く山形から大急ぎで遠ざかった。楽天は順調に強くなっている、楽天の優勝もそう遠い日ではない、と確信しながら。


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