首の数

 「どうぶつ豆知識」などという子供向けの本などで、「人間もキリンも、哺乳動物の首の骨はみんな七つ」などという話を読んだことのある人はけっこう多いのではないか。さらに、「ただし、ナマケモノとマナティだけは例外」というトリビアな知識を仕入れている人もいるかもしれない。
 じっさい、哺乳動物の首の骨の数は、首が長いキリンも、首があるのかどうかもわからないモグラも、みんな七つある。わずかに例外として、ホフマンナマケモノは六つ、ミツユビナマケモノは九つ、マナティーは六つというものがある。鯨の多くは首の骨が一つになっているが、胎児のときはちゃんと七つある骨が、成長するにつれて融合して一つになってしまうものだから、基本的に七つとしていいと思う。
 四千種をこえる哺乳類のうち、たった三種だけが例外というのだから、「哺乳類の首の骨は七つ」というのは、かなり厳密な決まりといってもいいだろう。

 こんな厳密な決まりだから、哺乳類以外の動物にも厳密に守られているかと思ったのだが、これがてんでいいかげんなのだ。
 両生類の首の骨は一つしかないらしい。しかし爬虫類になると、がぜんややこしくなってくる。いま生きている爬虫類の首の骨は、すべて八つであるらしい。亀もトカゲもワニもヘビも、みんな八つ。ところが化石爬虫類となるとメチャクチャになる。恐竜のブロントサウルスの仲間には十九などというべらぼうな数を持つ奴がいたかと思えば、さらに首長竜の仲間で七十を超えるとんでもない奴までいる。さらに鳥類も、十三だったり十四だったり、ばらつきがあるらしい。

 こうして書いてみてもわけがわからないので、進化の系統にしたがって首の骨の数を並べ、そこから考えてみよう。
 本やインターネットから首の骨の数の情報をかき集めてみたが、哺乳類の首の骨は七つと書いてあるサイトや本はいやというほど見つけだしたものの、哺乳類以外の骨の数の情報は極端に少ない。あまりにばらついているので豆知識にもならず、無視されているっぽい。
 ちょっと数が足りないので、国立科学博物館に行って骨格標本の首の骨を数えてみた。ちょうど夏休みの終わりごろで、小中学生が課題の自由研究にしようと必死でメモをとっている中、中年男が血相を変えて首の骨を数えているのだから、さぞかし変な奴だと思われただろう。残念ながら現世動物の標本をずらりと並べた展示館は改装中で、おもに恐竜の骨しか数えられなかった。

 以降に出てくる首の骨の数のうち、私が数えたものは後ろに(*)のマークをつけておいた。私が数えたものは、第一に解剖学の素養が浅く首の骨と背骨を間違えている可能性がある、第二に化石では首の骨がぜんぶ発掘されたとは限らず適当に復元している可能性がある、第三に私の数え違いの可能性がある、という三つの理由で、プラスマイナス二くらいの誤差がある危険があるからだ。

 当然のことながら、骨は脊椎動物にしかない。まず魚類だが、これには首はない。足を持たないのだから、首と胴体の区別がないのだ。
 魚類から進化して足を持つようになり、半陸上生活を送るようになった両生類になって、はじめて首と胴体の区別ができてくる。しかし、両生類はまだ、首だけを動かすことはできない。カエルにしろサンショウウオにしろイモリにしろ、首は胴体と同じ方向に固定されている。両生類の首の骨は、すべて一つしかない、らしい。

 爬虫類になって、はじめて首だけを動かす能力が生じ、そして首の骨の数が増えはじめた。ここで、爬虫類と、そこから進化した哺乳類、鳥類を、進化の大きなグループ単位に並べてみよう。ちなみにグループ分けは進化のおおまかな流れによるもので、正確な分類単位に従っていないことを、あらかじめお断りしておく。

1)単弓類から哺乳類に進化したグループ
 単弓類はなじみのない名前だが、いわゆる哺乳類型爬虫類と呼ばれる動物群。三億年ほど前に出現し、恐竜が栄える以前の二億年ほど前まで繁栄したが、その後哺乳類を残して滅んだ。単弓類の首の骨の数はよくわからない。骨格復元図だと七つあるが、どこまで信用できるかもわからない。
 哺乳類の首の骨は三種の例外を除いてすべて七つという話は、すでに書いた。

2)トカゲ、ヘビのグループ
 現在生きているトカゲやヘビの首の骨はすべて八つである。

3)ワニのグループ
 現在生きているワニの首の骨はすべて八つである。

4)翼竜のグループ
 翼竜はよく恐竜と思われているが、近縁とはいえ恐竜とは違う動物群である。恐竜とはいくつかの爬虫類のグループをまとめた名称だが、その定義は「胴体の真下に脚が直立している、陸上に住む爬虫類」というほどのものであるらしい。だから空を飛ぶ翼竜は恐竜ではない。
 翼竜の首の骨についてはよくわからなかった。翼竜の一種アンハングエラは八つ(*)だった。すべて八つなのかもしれないし、変動があるのかもしれない。翼竜についてはペンディングにしておこう。

5)恐竜から鳥類に進化したグループ
 ここは多士済々である。ステゴサウルスが十(*)あるのにトリケラトプスは六(*)だったり、マイアサウラが十一(*)だと思ったらカモノハシ竜が十四(*)あったり。同じ肉食恐竜のグループでも、アロサウルスが八(*)なのに、後世の親類ティラノサウルスやディノニクスが九(*)だったりする。
 さらに、首の長いので有名なブロントサウルスの類だと、ブロントサウルスが十三(*)だったり、セイスモサウルスが十五だったり、マメンチサウルスが十九だったり、首の長さに比例して数がどんどん増えてゆく。ちなみにマメンチサウルスの十九は、いまのところ恐竜の最高記録らしい。
 鳥類は恐竜ほど自由奔放ではないが、現在生きている鳥類は十三から十五までの変動があるらしい。やはり、首が長いほど数が増える傾向らしい。ちなみにニワトリとフクロウは平均値の十四。フクロウの首は短いが、骨の数が多いおかげで、首を三百六十度回転することができる。
 鳥類の祖先に近いとされる、中華竜鳥(始祖鳥に近縁らしい)は十。ここから増えて、現在の鳥になったのだろうか。

6)カメのグループ
 現在生きているカメの首の骨はすべて八つである。

7)魚竜、首長竜のグループ
 これもよく恐竜と思われているが、こちらは恐竜とはまったく違う動物群である。近縁ですらない。恐竜のブロントサウルスと首長竜のプレシオサウルスは、どちらも首が長く巨体で、ネッシーの正体として主張されたこともあり、混同している人が多い。ひどい人になると、ブロントサウルスが海にもぐってプレシオサウルスに進化したと思っている人さえいる。しかし両者は、爬虫類が誕生した三億年ほど前から、すでに別の系統に分かれていた。ブロントサウルスとプレシオサウルスは、たとえて言えばカメとサルほどにも違う。
 魚竜の首の骨についてはわからない。
 首長竜の首の骨の数は、恐竜をも上回るムチャクチャさである。
 首長竜の先祖に近いのではないかと言われているタニストロフェウスは、身長の三分の二ほどが首で、「史上もっとも首の長い動物」として知られているが、首の骨は十しかない。現在のキリンのように、ひとつひとつの首の骨が、ひじょうに長く伸びている。
 ところが後世のプレシオサウルスになると、おなじ首が長いにしても、首の骨が三十二にまで増えている。さらに後のエラスモサウルスに至っては、おどろくなかれ七十六に達しているのだ。
 なんだか、一生懸命骨を伸ばしていたご先祖様が、哀れに思えてくるような進化である。

 以上に見るように、実は恐竜から鳥類のグループ、魚竜と首長竜のグループ、このふたつだけがやたらに増減がある以外は、首の骨の数はかなり一定している。
 爬虫類の基本形は、首の骨が八、というものであるらしい。七つあるグループのうちの三つないし四つは、この数を保存している。そして哺乳類は、単弓類から進化する過程のどこかで数がひとつ減り、そこからはほとんど変化がなかった。

 問題はのこりふたつのグループである。
 おそらくみんなと同じ基本形、八つから同じように出発したのに、なぜ恐竜や鳥類と首長竜だけ、好きなように首の骨を増やしたり減らしたりできるのか。
 首が長いから、というのは理由にはならない。哺乳類のキリンだって首が長いのに、あんなに無理してたった七つの骨を引き延ばしている。それに、首長竜だって祖先は、たった十の骨を、やっぱりキリンのように引き延ばしているのだ。
 あまりにも非科学的な言い方で恐縮なのだが、恐竜や首長竜は、首の骨を増やすコツを、進化の過程のどこかでつかんだとしか思えない。おそらく、いちどコツをつかんでしまえば、あとは簡単に増減できるのだろう。
 きっとわれわれ哺乳類は、まだそのコツをつかんでいないのだ。だからキリンは苦労するのだ。

 骨だけにコツがいる。


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