観賞用魚類の夢と嘘

 ふとしたきっかけから魚屋さんのリストというものを見て驚愕したのだ。
 魚屋といってもクルマエビとかホタテとかマグロとかいう食用魚介を扱っている店ではない。ねじり鉢巻きのおじさんが刺身包丁を握りながらダミ声で「らっしゃい! 今日はワラサのいいのが入ってるよ! ワラサ委員長なんつって……へいお勘定、四千八百万円!!」などとオヤヂギャグを交えながら呼びかけてくる店でもない。そういう生活に必要不可欠かつ健全な店では断じてない。
 水槽に泳ぐ、生きたおさかなを扱うペットショップのことだ。いわゆる熱帯魚屋さんであろうか。とはいっても熱帯ではないオホーツクコンニャクウオや魚ではないブルーマロンエレクトリックロブスターなども扱っているので油断はできない。

 こういう存在はふだんデパートの屋上とか商店街のはずれとか、一般人の人目にふれない場所に隔離されたように存在している。見てはならないからだ。あやしげだからだ。危険だからだ。
 そして一般の目にふれるのは、決まって犯罪が行われたときである。
「ペットショップ経営の○×容疑者は、ワシントン条約に違反した稀少魚類をブラジルから密輸入したため摘発され、書類送検に」などという新聞記事を読み、一般人は、ああ、やっぱりあの店はあやしかったのだわ、なんか変な魚ばかり集めていたし、などと思うのである。

 なぜそんな闇の存在を知るようになったかというと、知人夫婦がその虜になってしまったからだ。でかい水槽を買い求め、そこに金魚やら水草やらヌマエビやらを放り込んで眺めているうちはよかった。しかし趣味はいつしかエスカレートし、サーモスタットと照明を買い求め、得体の知れぬ国から来た得体の知れぬ名前の得体の知れぬ魚を買い求めるようになってしまったのである。

 その得体の知れなさがどんなものか、おさかなペットショップの扱い品目リストを見てみるがいい。
 基本的にそういう店では、学名で魚介類を扱う。そもそも日本に住む魚ではないので、メダカとかフナとかいったわかりやすい和名がないのだ。死体流れるガンジスの源流や、いまだに寄生虫とマラリアの巣窟であるアマゾンの支流などからやってきたまがまがしい魚どもには、学名のまがまがしさがよく似合うとはいうものの、ここまでとは。

 たとえばそのリストの筆頭には、「アピストグラムラ・パンドゥロ」という名前が記載されており、「なかなか良い個体です」などというコメントさえつけられている。それがナマズなのかフナなのかチョウチョウウオなのかマンボウなのか、あやしげでない私には知るよしもない。何をもって「良い個体」と言えるのであろうか。良い味なのか、良い繁殖率なのか、それとも良い性格なのか、「良いひとだけど」などと言われていつも女に振られてばかりいるのか。たぶん、私にとって良いことでないことだけは確実だろう最後のは私自身だし。おまけにこやつ、「ワイルド」などという言葉まで添えられている。アピストでグラムラのくせにその上ワイルドなのか。ピラニアか。ピラニアなのか。夜になると空を飛んで人の喉笛を食らうという、映画にもなったあの伝説の魚ではないのか。
 しかもその次には、どうも近縁らしく、「アピストグラムマ・sp “インカ50”(ワイルド)」などという謎の文字列が。アピストグラムマとワイルドだけで死にそうなのに、おまけにインカ。ミイラか。ミイラなのか。千年の眠りからさめて人の喉笛から血を吸う怪魚なのか。そして永遠の寿命を保つのか。そんなぶっそうな魚を「当店おすすめ」などと脳天気に紹介していいのか。
 「アプロケイリクティス・ハンバエンシス」という謎の魚類は「カワイイ、けど、謎の多い魚」だそうですが、やっぱり名前からいって白亜紀の翼龍と友達だったりするのでしょうか。それとも賃金を与えるとすぐ焼酎を飲みにいったりするのでしょうか。カワイイのかそんな奴が。しかもワイルドだぞ。きっとバイクに乗って敵と戦ったりするのだぞ。国家権力の名のもとに人殺しを重ねるのだぞ。どう考えても車検を通りそうにない改造を繰り返すのだぞ。えんえんと数十巻読み進んだら未完だったりするのだぞ。完結するまで数十年待たされたりするのだぞ。

 学名でないものもあるが、それはそれで基本的に英語の通俗名称を妙に細分化してしまったものだから、まがまがしさには変わりはないのであった。
 「ドイツラム」ジャマイカラムは飲んだことがあるがドイツのはどんな味なのだろう。
 「ドワ−フグ−ラミ−」どこでどうやって文節を切るのですか。ドワーフなグラミーなのか、ドワーなフグがラミーなのか、それともドのワーフグラミーなのか。
 「イエロ−ファントム」こいつは絶対即死攻撃を仕掛けてくるぞ。飼う人は完全即死防御の防具を忘れずに。たしか異界の風六十個で改造できます。
 「赤コリ」「白コリ」「花コリ」やっぱり赤はこってり味で白はあっさりスープなのでしょうか。花はきっとすりおろしたチェダーチーズが山盛りになっているのです。そうなのです。
 「タイガーブレコ」「ブラックタイガーブレコ」「キングタイガーブレコ」はもちろん、虎の穴が日本に密輸した恐怖の反則魚類、ありとあらゆる反則攻撃を身につけた悪役魚類のエリートなのです。つねに売上の一割が虎の穴に入る、おおなんという怖ろしいことでしょう。水槽で泳ぐお魚を眺めて悦に入っている人も、自分が悪の組織に献金しているも同じだということを、もっと理解せねば。
 「ボララス・メラー」となると、ブードゥー教の呪文としか思えません。きっと飼い主がゾンビになる魔法なのだ。完全ゾンビ防御の防具も必要です。用心のため完全石化防御と完全混乱防御と完全バーサク防御もつけておいたほうがいいぞ。熱帯魚ってやつは、モルボルワーストより怖いのだから。

 そして知人夫婦の趣味はますますエスカレートしている。いまでは魚どころか水草や敷石ですらアマゾンの人食い吸血草だとかサマルカンドの河床に光る青い秘石を購入するありさまである。旦那は家に帰ると女房もパソコンもそっちのけで水槽を飽かず眺める毎日らしい。女房はそれに嫉妬して両棲類趣味を燃やした。カンメラーがブリーディングした変態しないアホロートルだとか、カンメラーが鉛筆の芯を埋め込んだ由緒正しいシリケンイモリだとか、アマゾン奥地に棲みその毒は象をも殺すという矢毒ガエルだとかを集めているらしい。
「いやなんか凄いことになっている、あの家。しかも夫婦で水槽別対抗戦をやっているし、みものだよ。あんな面白い光景はそうそう見られるもんじゃない」
 件の家を訪問してきた人はこう語る。魚類両棲類を観賞しているうちに自分が観賞されてしまう、おおなんという怖ろしい因果でございましょうか。


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