タイガース・ジョークは終わらない

 曽我部は打てない、走れない、バントできない、守らせれば怪我するといったていたらくで、すっかり星野監督もサジをなげてしまった。
「もうおまえはクビだ。新しい外野手を捜すことにしよう」
 しかし、曽我部は落ち着き払っていた。
「無駄ですよ。新しい選手を獲得するなんて」
「なぜだ?!」
「わざわざ新しく選手をとってきたって、使えるか使えないか、やってみないとわからないじゃないですか。その点、僕だったら、使えないってことははっきりしているんですからね」


 原田投手は星野監督を批判したのがばれてクビになった。星野監督は原田投手を呼びだして訊ねた。
「オマエがなんでクビになったか、自分でわかっとるか」
「怠慢が原因です」
「アホか。オマエはワシの悪口を言ったからだろうが」
「いや、怠慢だったんです。今年の夏、僕は橋本投手と酒を飲んで、監督の悪口をさんざん言い合ったんです。で、その晩は気持ちよく酔っぱらったし、もう眠いし、告げ口をするのはあしたの朝でいいかな、と思っちゃったんです」


 片岡選手は阪神に移籍して、まず阪神の球団事務所に駆け込んだ。
「ねえ、三割打ちますから、一千万円貸してくれませんか」
 球団社長は面食らって答えた。
「君がどんな選手か、三割打つかどうかもわからないのに、そんな大金が貸せるわけがないじゃないか」
 片岡は慨嘆した。
「なんてヘンテコな世の中だ。阪神じゃ、だれも俺のことを知らないから貸してくれない。日ハムじゃ、みんな俺のことを知ってるから貸してくれなかった」


 五年契約十二億円といった大金を払ってFAで獲得した片岡選手がまるっきり使いものにならなかった。それにも懲りず、三十億円かけて金本、中村、ペタジーニ獲得をめざす阪神。これを見て、昔から阪神にいた選手たちは騒ぎだした。
「おれたち生え抜きの選手にはさんざんシブチンなくせに、よその選手は金に糸目をつけず獲得するじゃないか。この球団はどうかしている」
 球団はあわてて、生え抜きと移籍組との賃金格差を解消する委員会を設立する、と選手たちに約束した。
「まず、選手たちの成績と年俸を査定する委員を選ぶ必要がありますな」
 球団の会議で、管理部長は言った。
「委員は元選手のなかから選ぶことにしよう」
 オーナーは言った。
「阪神OBに声をかけて、月給十万円でやってもらおう。阪神以外の球団の元選手も呼んだほうがいいな。こちらはわざわざ来ていただくのだから、月給百万円を用意しよう」


 星野監督は松井編成部課長を呼んで命じた。
「選手をクビにしすぎて投手が足りなくなった。よその球団から投手を連れてこい」
「トレードですか。交換要員は誰にしますか」
「アホか! 選手と交換でトレードするなら馬鹿でもできる。交換要員なしで選手を連れてくるのが、編成部の腕というもんじゃないか」
 困った松井課長は、とりあえず自由契約の柴田と山崎を獲得した。
 シーズンが始まってから、松井課長はまた星野監督に呼び出された。
「なんだってあんなポンコツを連れてきたんだ。まるっきり使えんじゃないか!」
「いい投手で継投するなら馬鹿でもできます。ポンコツを使って0点に抑えるのが、監督の腕ってもんです」


 星野監督は田淵コーチに語った。
「打線の中心になる選手が欲しいなあ。打率がよくて、ホームランが多くて、頭がおかしい。そんな三拍子そろった選手がFAで来てくれないかなあ」
 田淵コーチは不思議に思って聞いた。
「打率がよくて、ホームランが多い、ってのはわかりますが、なんで頭がおかしくなきゃならないんですか?」
「当たり前だろ。打率がよくてホームランが多い選手がわざわざ阪神に来るとしたら、頭がおかしいとしか考えられないじゃないか」


 阪神の選手はトレーニング不足だとよく言われる。星野監督は今年の怪我人続出でつくづくとそれを痛感し、新しく前田トレーニングコーチを招聘した。
 前田コーチは阪神の練習場を見学して、総合トレーニング場の建設が必要だと結論した。
「筋力トレーニング、無酸素トレーニング、水泳トレーニング、ストレッチ、クールダウン、リハビリ、すべてのことが一箇所でできるような施設が必要です。鳴尾浜の合宿所から二キロくらいのところに作りましょう」
 しかし田淵コーチは、それに反対した。
「無意味ですよ。そんなの作っても役に立ちません」
「なぜです」
「そんなに遠くに作ったら、トレーニング場に到着するまでに選手がみんなバテてしまいますよ」


 トレーニング場建設についてさらに議論を重ねたのち、田淵コーチもついに反論を撤回した。しかし、せっかく建設しても、阪神の選手はだれも利用しないのではないか、との疑問があがった。
 達川コーチはハタと膝をたたいて叫んだ。
「名案があるなら。客寄せに、トレーニング場の中にコンビニとパチンコ屋とキャバクラを作るなら。そうすれば阪神の選手はみんな来るなら」
 みんな達川コーチの名案を賞賛し、トレーニング場はさっそく建設されることになった。
 ところが会議で出たぜんぶの施設をトレーニング場用地に建設することは不可能だとわかり、やむなくリハビリ施設やプールやトレーニングマシンは諦め、コンビニとパチンコ屋とキャバクラだけを建てることになった。


 星野監督が就任した年の春、湯舟コーチは選手を集め、星野監督についていけば未来はバラ色だ、きっと優勝できるぞ、と説明した。
 その年の夏、湯舟コーチがまたも選手を集め、同じことを言うと、遠山投手が手をあげ、質問した。
「すばらしい未来はいいですけど、でも、春にあれだけあった貯金は、いったいどこへ行ったんですか?」
「その質問は私から星野監督に伝えておくよ」それだけ言って湯舟コーチは立ち去った。
 秋、またも湯舟コーチが選手を集めて同じ話をしたとき、こんどは部坂投手が質問した。
「コーチ、ぼくは貯金がどこに行ったか質問する気はありません。でも、遠山さんはいったいどこへ行ったのですか?」
 冬、またもコーチは選手を集めて、飽きもせず同じ話を繰り返した。たまりかねて井川投手が質問した。
「西本コーチ、ぼくは遠山さんや部坂さんがどこに行ったかは聞きません。でもこれだけは聞いておきたいんですが、前のコーチはいったいどこへ行っちゃったんですか?」


 監督は選手がいなければ生きていけない。しかし選手は監督がいなければ長生きできる――阪神の賢人のことば


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