おむつの男

「さて次はスポーツコーナー。きょうの特集は、二年目も陽気にチャレンジ、新庄選手の……あ、たった今臨時ニュースが入りました。現地に太田記者がいるようです。では太田さん、お願いします」
――JR新宿駅前の太田です。きょう午後三時二十分ごろ、新宿駅東口でおむつの男を見たという通報がありました――
「おむつ、というとあの幼児の穿く、おむつ、ですね」
――はい。目撃者によりますと、男は全裸におむつだけを身につけていたそうです。おむつの男は「ぷにぷに、ぷにぷに」と歌いながらアルタ前をスキップで駆け抜け、四谷方面にむかったということです――
「ええと、太田さん、太田さん。それはつまり、ストリーカーなのでしょうか。逮捕できないのでしょうか」
――それがですね、おむつを穿いて陰部は隠しているので、猥褻物陳列罪にあたらない、というのが警視庁の見解です。ですから警察としても逮捕することはできず、一般市民に被害が及ばないよう警戒しつつ、しばらく様子を見る、そういう方針とのことです――
「わかりました。新しい情報がありましたらまたお知らせください」

「おむつの男に関して、新たな動きがあったそうです。では太田さん」
――はい市ヶ谷の太田です。新たな通報がありました。それによりますときょう午後四時十分ごろ、おむつの男は市ヶ谷駅前の蕎麦屋「一茶庵」に入り、鴨せいろを注文して食べたそうです。午後四時三十分ごろ食べ終えたおむつの男は、おむつを開いて中から代金を取り出そうとしましたが、店主の茶川さんがおしとどめ、男はそのままスキップで店から出ていったとのことです――
「ええとそれは、無銭飲食ということになりませんか?」
――いえ、おむつの男は明らかに支払う意志があり、それを店主が拒否したということなので、無銭飲食は成立しないというのが警視庁の見解です――
「わかりました。他に情報はありませんか?」
――おむつの男は店を出るまぎわ、やぱしらぶ、という謎の文句を歌うように呟いていたそうです――
「やぱしらぶ、それはなにかの呪文なのでしょうか」
――ただいま警視庁では各宗教団体、各国大使館などに働きかけ、祝詞やお経、各国語によるスローガンや合い言葉に該当するものがないか調査中です――

「アニメ、ぷにぷに波浪注意報の時間ですが、このままニュースを続けます。おむつの男は、皇居のお堀端で消息を絶ちました。では太田さん」
――千鳥ヶ淵の太田です。きょう午後五時十分、千代田区三番町一番地、千鳥ヶ淵公園向かいのお堀端で、おむつの男のものと思われるおむつが発見されました。現場付近の足跡がスキップに特有のステップを踏んでいるため、おむつの男の遺留品であることが濃厚だと見られています。おむつはきれいに揃えられており、警察では入水自殺の可能性もあるとみて捜査を進めております――
「失礼ですが太田さん。靴ならわかりますが、おむつが揃えられているとはどういう状態なのでしょうか」
――失礼しました。おむつはきれいに畳まれていた、とのことです――
「ほかに遺書や遺留品はないのでしょうか」
――ありません――
「では、まだ自殺とは限らないのですね」
――はい。警察でも自殺の可能性、自殺を偽装した他殺の可能性、そして自殺を偽装して逃走した可能性を考えている模様です――
「ということは、おむつの男はまだ生きている、という可能性もあるのですね」
――いえ、おむつを手放した以上、すでにそれはおむつの男ではありません――
「なるほど、おむつの男から、全裸の男となった可能性が高いわけですね」
――そうです。おむつの男は、より怖ろしい存在となって、われわれの前に姿を現す危険性が……あ、あ、ああああぁぁぁぁ!――
「太田さん! 太田さん! 太田さん!」


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