ふるさとの山河

 私の両親はいま、岡山県津山市に近いある山村に住んでいる。
 岡山についてはいろいろとネタにさせてもらった。
 ぶさいくな女ばっかだとか、奇怪な人物ばかり輩出しているとか、変なネーミングの村があるとか、山ばっかりで米もろくに取れないとか、山では金もとれずにツチノコやヒバゴンばっかいるとか、近所の駅は無人で電車は二時間に一本しかも一両編成だとか、村の青年団の平均年齢は六十を越しているとか、こないだ歴史民俗資料館に行ったら父親の使っている鍬が展示されていたとか、小学校が廃校になってゲートボール場になったのはなにかを象徴しているとか、事実とはいえずいぶんと失礼なことを書いてきた。
 これも私なりの故郷の愛し方と、岡山県人の皆様には了解されたく。

 私が故郷を愛している証拠に、めでたい事だって書くのである。
 今年の初夏は、ホタルが大量発生したという。
 私の子供のころは、ホタルがいなかった。生活排水やら工業廃水やらで川が汚染され、ホタルの餌になるカワニナが全滅していたのだ。
 それがここ五年くらい、工場には見放され、住む人もなくなり、いやそうではない、地道な水質浄化の努力が実って、ホタルが復活したのである。
 写真を見せてもらったが、川沿いに無数のホタルが黄色い軌跡を描いてとびかい、それはそれは美しい光景でした。まことにめでたい。
 これでホタルを愛でる人がいればほんにめでたいのだが。

 ところがどうやら、ホタル以外のものも大量発生しているようである。
 つい最近、父から電話がかかってきた。
 裏の畑で丹誠こめて作っていた山芋が全滅したという。
 なにものかに畑を掘り返され、育ちかけの芋をぜんぶ盗まれてしまったという。
 泥棒かと思ったが、売って儲かるほどには育っていない。
 それはどうやら、イノシシの仕業であったらしい。
 畑じゅうを掘り返してまわったらしく、ハクサイやキャベツも全滅だという。
 増えすぎたイノシシが、餌を求めて人家近くまで襲来したらしい。
 このところ人家が減りつつあるので、イノシシも気軽に襲来できたのかもしれない。

 さらに被害は相次ぐ。
 またもや畑が荒らされた。
 今度はシカで、その蹄で畑じゅうを踏みにじり、青菜やケイトウを全滅させたという。
 しかもそのシカ、毎朝けたたましい声で鳴くので、やかましくてかなわぬという。
 「奥山にもみじふみわけなく鹿の」という情緒は、あくまで遠くから聞いた感想であるらしい。
 てゆーか、奥山よりも奥かよ、うちの田舎。

 ついにはクマまで出現した。
 どうやら、裏山の栗や柿の木に目をつけたらしい。
 クマといえば、岡山とはいえかなり稀少となっているはずだ。
 たしか岡山県内で推定二十頭しか棲息していないと、市役所のパンフレットにも書いていた。
 その二十頭のひとつが、裏山にご来臨されたらしい。ありがたいやら情けないやら。
 うちは岡山でもベスト二十に入る田舎ということだな。
 クマといえば、冬眠のため、秋ふかくなると大量に餌をあさり、人家の近くまで出てくることもあるという。
 ということは今よりも家に近寄ってくるわけだ。しかも飢えて。
 大丈夫か両親。

 近所に出没する野生動物は、それだけではない。
 ウサギもネズミもいる。よく裏庭の野菜を全滅させてくれる。
 それにしてもよく全滅する畑だな。ウルトラマンレオの地球防衛軍のようだ。
 もちろんタヌキもいる。裏庭で残飯をあさったり、トマトを盗んでいったりする。よく道路で車に轢かれて潰れていたりもする。
 キツネもイタチもいる。鶏を盗んで鶏舎を全滅させてくれる。
 カラスもトンビもいる。いつか裏の畑に油かすをまいた時など、畑が黒くなるくらいびっしりとたかって、油かすを食い散らしていたという。今度は酒粕をまけばいいのではないか。酔っぱらったところを一網打尽。古典落語か。

 こいつら野生動物の共通した特徴は、みな人間をまったく怖がらないところである。
 鉄砲も持っていない丸腰の老人など、何ほどのことやあらんと見下しているらしい。
 人間さまを歯牙にもかけていない。いや、それは誤りか。
 あまりに被害が相次ぐので、畑にカカシを立てたことがあった。
 翌朝、ぼろぼろになったカカシが発見された。それには、クマが爪で殴りつけたあと、シカが角で突いたあと、イノシシが牙で引き裂いたあと、カラスがつついたあと、イタチが屁をひったあとが見つかった。
 やつら、人間さまを歯牙にかけるつもりらしい。
 なにか人間に含むところがあるのか。

 そんなわけなので猟友会に頼んで、イノシシやシカを撃ってもらおうかと相談したこともあった。
 クマは保護動物なので撃てないが、鉄砲を見れば怖がることだろう。
 しかしあいにくと、わが故郷は高齢化が進んでおる。やってきた鉄砲撃ちの人も、七十に近いという。
 目はかすんで樹とシカの区別が付かないし、耳が遠くて猟犬の鳴き声も聞き取れない。狩猟免許って、更新しないのか。
 どうやら猟犬への統率力も薄れているらしく、何頭か逃げ出して野犬となってしまった。
 そいつらがリーダーとなって近所の野良犬を糾合し、野犬軍団を結成したらしい。山でウサギやタヌキを殺している分にはよかったが、今では夜分、人家を徘徊して鶏を殺す。飼い犬を仲間に入れる。酔っぱらいを襲って折詰を奪う。人をおびやかす存在となってしまったのだ。

 野生動物と新野生動物のこの猛攻に、平均年齢七十歳を誇るわが故郷の人民は対抗できるのか。
 今のところ人民軍対動物軍の対戦成績は、一勝十六敗といったところか。タヌキを轢き殺したのが唯一の戦績である。
 圧倒的優位を誇る動物軍を前にして、人民軍に秘策はあるのか。
 こんどは人民が全滅してしまうのであろうか。
 乞御期待。


戻る          次へ