インターネットで読み解くコミケットカタログ
(今回は専門用語が多いので、注を付けました)

 8月の13日から15日にかけて、コミケット(注1)が東京ビッグサイトで行われます。
 大学時代は漫研に入っていたので、私もコミケットに行ったことがあります。もうずいぶん前になります。川崎市民プラザ(注2)で開催されたコミケットに行ったことがあると言うと故老扱いされるのですが、まあそういうことです。
 その後10年以上離れていたのですが、最近鬱勃たるパトスの高まりを感じ、ちょっと見てみよう、私のような者でも多少の助言は与えられるにちがいない、と思うようになったのです。

 で、まずは秋葉原の漫画専門店(注3)コミケットカタログ(注4)を購入したのです。2100円。高いな、ワシの頃は200円じゃったのに、と最初は思いました。
 ところが。
 分厚い。ムチャクチャ分厚い。
 B5版で、厚みが3.4センチあるのです。ページ数は1400を超え、重量は2キロとちょっと。ノートパソコンよりも重いのです。こんなもん持ち歩く奴いるのか。

 そしてその中には、3万とも5万ともいわれる参加サークルが2.5センチ×3.5センチのスペースに自筆で熱情溢れるメッセージを書き連ねているのです。
 普通のスタイルとしては、いちばん上にサークルの名前と机の番号。その下には、サークルの特徴を表しているイラスト、その下か横にちょこっと文章、というところでしょうか。
 で、ですね、コミケットでは似たジャンルのサークルを同じ場所に集めています。漫画創作系とか、アニメのファンクラブとか、ゲームの本とか。更に細分して、ストリートファイター(注5)のサークルとか、東京魔人学園(注6)ものとか。だから、パラパラとめくると同じような服装で同じような髪型で同じような顔立ちの右向き45度(注7)の人物画が数ページに渡って並んでいて、とても不気味です。私は芸能やゲームに疎いので、誰だか分からないところが不気味さをいっそう増幅します。

 で、全体の傾向はというと、やはりやおい(注8)全盛は変わらないようです。これはもう10年くらい続いていますね。私が参加していた頃は、ロリコン(注9)が我が夜の春を誇っていたのですがね。
 カタログをめくると、まず目に付くのは芸能界やおい。「踊る大走査線」が人気ありますね。青島×室井(注10)というのが多いようです。「あぶない刑事」も根強いですね。このへんはよくわからんので飛ばそう。
 おお、スポーツだ。K−1のサークルも多いな。でもこの「ホースト×佐竹」ってのは、文字通りの試合のことなのか、やおい用語で読み解くべきなのか、ちょっと迷うところです。
 野球も多いぞ。きゃー阪神だ阪神だ。山村×秀太、新庄×高波、桧山×今岡なんてのがあるぞ。うーむ。野球の場合背番号で表記し、5×4とか24×7(注11)なんて書いてあるから、もう素人さんには意味不明です。他球団ではロッテの初芝×南渕、大洋の遠藤×田代とか。ロッテの清水受(注12)なんてのも。マニアックすぎるぞ。
 次は何だ……え、競馬? こらこら、テンポイント×メジロライアンなんて、どこが楽しいんだ? これに比べると岡部×武というのが、物凄くまともに見えてしまうぞ。

 もうちょっと先行ってみましょう。ミステリーもサークル多いですね。京極さん大人気。でもその大半が、京極堂×関口のやおい本なんですけど……。いや、中には京極×榎木津×木場とか、木場×榎木津×関口とか、ありますけど。さて、この組み合わせからニワトリの「つつきの順位」を決定せよ。いやん、つっつきだなんて。

 更に先に行くと、歴史やおいが登場してきます。
 まず日本史から。新撰組強し。土方×沖田が基本です。斉藤と山崎も人気ありますね。幕末ものでは雲井龍雄受とか、高杉×久坂とか、ちょっとマニアックなのも。戦国では信玄×勘助とか、秀吉×官兵衛とか、大将と軍師の絡みが多いね。秀吉×ねねというのもあるぞ。きゃああ、男と女なんて、エッチぃ。
 海外に目を向けてみましょう。エジプトからベトナム戦争まで多士済々。中にはイエス×ヨハネなんぞという罰当たりもあります。おお、中国共産党の毛沢東×周恩来もあるぞ。中国に持っていったら殺されるだろうな。
 しかし何と言っても圧倒的人気を誇るのが三国志。日本史全部のサークルに匹敵します。孔明×玄徳や関羽×張飛といったまともな(まともか?)ものから、孫策×周愉(本当は王ヘン)、曹植×曹丕、趙雲×孔明、馬謖受、呂布受、などというものまで、まさに順列組み合わせ状態。

  教訓1:やおいは世界を覆う。
  教訓2:やおいはギャグにならない。ギャグのつもりで言ったものが実在するから。 


(注1)コミケット:コミックマーケットの略。フリーマーケット形式の同人誌即売会。同人誌と言っても「私の詩です。一冊百円」というようなポエマー・文学系のものではなく、漫画、アニメ、CGが中心。10代から20代前半の人間が中心である。コスプレの人やら普段着がコスプレみたいな人やらTシャツが異様に汗でべったりした人やらが参加しており、会場の1キロ前から雰囲気でわかる。

(注2)川崎市民プラザ:1980年代にコミケット会場として利用された場所。サークルが増え、手狭になったので、以降東京流通センター、晴海貿易見本市会場、葛西臨海副都心と会場を転々とした。その後千葉県の条例で猥褻文書の取り締まりが厳しくなったため葛西からも追い出され、現在の東京ビッグサイトに落ち着く。

(注3)漫画専門店:読んで字の如しだが、「少年サンデー」や「ゴルゴ13」のような普通の漫画は売っていない。漫画同人誌とエロ漫画本、アイドルのヌード写真集、アニメキャラクターのフィギュア(高級プラモデル)、アニメやゲーム関係のトレーディングカード、等を扱う。いわばいかがわしいもの雑貨店のようなもの。秋葉原や新宿に多い。たいがい老朽化したビルの2階以上にあり、狭くて頭がつかえそうな暗い階段を登った先にある。客層の半分を占める太った人間がどうやって階段を上れるかは謎である。

(注4)コミケットカタログ:コミケット事務局が発行する公式にして唯一のカタログ。厚さは電話帳並みだが重要度も電話帳と同じで、これなしには目指すサークルにはたどり着けない、と断言できる。目指すサークルがあればだが。

(注5)ストリートファイター:これには注はいらんかったかな?

(注6)東京魔人学園:アトミックエースが作成したプレイステーション用アドベンチャーゲーム。転校生が魑魅魍魎に魅入られた学園を舞台に活躍する。ただし学習風景だけは一切出てこない。高校生のクセに市内を抜き身の日本刀をふりかざして疾走したり、新聞部がパパラッチより執拗に追跡調査したり、生徒が何人死んでも先生や警察が介入してこないなど豪快な設定が人気を呼ぶ。パート2まで発売。

(注7)右向き45度:人物の顔をもっとも描きやすい角度。真っ正面の顔がもっとも描きにくい。よって素人さんの描く絵は右向き45度のバストショットのオンパレードになる。プロの漫画家でもこういう安易な執筆姿勢の人がいる。

(注8)やおい:男と男が耽美的に絡んでいるジャンルの総称。最初から最後まで男と男が絡んでるだけなので「やまなし、いみなし、おちなし」との貶し言葉の頭文字を取った言葉。昔は文字通り貶し言葉だったのだが、最近では自分から「やおい本でーす」と言っている。「おたく」と同じで悪意は雲散霧消してしまったらしい。

(注9)ロリコン:ロリータコンプレックスの略。ナボコフが書いた、少女に人生を破滅させられる中年男の物語「ロリータ」から命名。15歳以下の少女に対する性的熱情。5歳前後の幼女に対する熱情を「ハイコン」(アルプスの少女ハイジコンプレックス)、10歳前後の童女に対する熱情を「アリコン」(不思議の国のアリスコンプレックス)などと細分する場合もある。吾妻ひでおの漫画に対するカルト的人気から火がつき、吾妻ブーム=ロリコンブームと見なされた。80年代後半ころから、巨乳美少女など訳の分からない展開となり、猥褻文書の取り締まり強化もあってブームは自壊。性器を描かないとガマンできないロリコン男から、性器を描きたがらないやおい女へのバトンタッチは時代の趨勢でもあった。

(注10)青島×室井:やおいの特殊用語。青島(男性)と室井(男性)の絡みで、前の人名(この場合青島)が攻め役、後ろの人名(この場合室井)が受け役であることを表す。住宅情報の略語のごとく短い字数に情報を凝縮した大発明である。 しかし、青島って都知事?室井って誰?いやん見てないの。

(注11)5:新庄 4:高波 24:桧山 7:今岡

(注12)清水受:(人名)×(人名)だと2人の絡みだが、(人名)受は相手が誰であるかに関わらずその人名(この場合清水捕手)が一方的に攻められることを示す。オムニバス方式に相手を代えて攻められたり、集団暴行を受けたり、様々なパターンがある。


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