彼。

 彼がいなくなってから、もう一年になる。
 彼のサイトが更新されなくなって、もう一年になる。
 というのは過言に過ぎる。彼のサイトで、唯一更新されているところがある。掲示板だ。
 「どうしたのですか」「新作が読みたいです」「お待ちしています」と読者からの書きこみが殺到しているが、しかし彼は答えない。なにも答えない。沈黙が彼の回答だ。
 ああ、彼はどうしているのだろう。

 私がこのような駄文をだらだらと連ねるきっかけになったのは、彼の文章であった。
 ふとしたきっかけで読んだ彼の文章。その面白さが、私をとりこにした。その素晴らしさが、私を駄文書きにさせた。
 WEBで笑える文章を書くこつ、読みやすい文章の量とは、読みやすい表示とは、読者に優しい更新報告のしかたは。
 人生に必要なことはすべて幼稚園の砂場で学んだ、と豪語する人が世間にはいるらしいが、私の場合、ネット雑文で必要なことはすべてこのサイトで学んだ、といっても過言ではない。

 その彼が、沈黙してからもう一年になる。
 そのあいだ、さまざまな噂が流れた。
 曰く、地上げ関係で暴力団に追われ、北朝鮮に潜伏している。曰く、地元サッカー球団のトトカルチョに絡む八百長に関連して警察に追われている。曰く、借財を返すためマグロ船に乗りこみ南太平洋でウィンチを回している。曰く、職場のオールドミスとの婚約不履行で訴えられ獄に繋がれている。曰く、カニとピザを口や鼻に詰め込まれて軽井沢で変死体となっている。
 噂のどれが真実なのか、知るすべはない。すべて嘘かもしれない。ひとつが真実なのかもしれない。あるいは、すべて一部ずつ真実なのかもしれない。真実と事実との間を軽やかに移動する彼にとって、これは自家薬篭中のものだったのではないだろうか。

 ひとつだけ確実なこと。それは、彼の文章を読むことが、もう一年もできなかった、ということ。そして、おそらく将来も。
 始祖を葬ることには、なにかしら後ろめたさがつきまとう。しかし、いつまでも後ろを向いていてはいけない。世界は生きている人のためのもの、そして、つねに若い人が動かしてゆくものなのです。
 新屋さん、雑文を書く人が、こんなにも大勢になりましたよ。みんな、新屋さんを目指していた人たちです。こんなにも多くの人が、新屋さんの跡を辿っているのです。新屋さんを尊敬しているのです。大丈夫ですよ、雑文の世界は。どうか、安らかに。そして、成仏してください。


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