甲州纐纈城(3)

 妻の失踪をきっかけに、内蔵介の風貌も変わりました。
 それまでは文武両道の美丈夫として知られ、品川芸者に騒がれるほどの二枚目だったのです。それが、乱暴を重ね、酒に溺れ、目は赤黒く濁り、げっそりと頬はこけ、顔色は蒼白くなり、赤子が泣き出すような険悪な人相になってしまったのです。

 甲府勤番になってからも自儘な行状は変わりませんでした。甲州にあった自分の領地に勝手にひきこもり、建てたのがあの城です。
 それもただの城ではありません。真林常膳という希代のからくり師を雇って、自在に出し入れできる橋をはじめとした、さまざまなからくり仕掛けを作らせたのです。常膳は、大阪で名高い細工師、大江宇兵衛に学び、長崎でさらに修業して唐天竺や南蛮のからくりも取り入れた、一種の天才でした。
 常膳は精魂こめて図面をひき、ほとんどたったひとりでさまざまなからくりをこしらえたのですが、不思議なことに、城ができあがるとほぼ同時に、いずこともなく姿を消してしまったのです。
 その瓦の真っ赤な色と、からくり仕掛けと、殿様の怖ろしげな風貌と、これまでの行状と、謎めいた行動から、誰ということもなしに、城は「血車城」と呼ばれるようになりました。

 人は噂します。
 あの城を作ったからくり師は秘密を守るため殺された。
 城をつくった大工も人足も、みな殺されて、人柱として城の白壁に塗り込まれている。
 城の中には、あの橋よりも怖ろしい、おびただしいからくり仕掛けが隠されているのだ。
 廊下を歩いているといきなり床が抜けて白刃の埋め込まれた落とし穴に落とされたり、寝室で寝ていると突然天井が落ちてきて潰されたり、そうして殺された人間はかぞえきれない。
 あの城には毎年、多くの生娘が送り込まれるが、帰ってきた娘はいない。
 娘はみな、からくり仕掛けにより殺され、血を搾り取られてしまう。
 その血は瓦の色づけに使われるのだ。
 ときどき、堀から川を流れてくる娘の死体があるが、みな蝋のように蒼白い。それは血をすべて抜き取られているからだ。
 たまに気に入った娘があると、内蔵介は血を搾りとったあとの、あさましい娘の死骸を陵辱する。腐りはてるまで愛撫する。骨になっても愛撫する。
 そうした哀れな娘の骨が、具足櫃いっぱいに詰めこまれ、本丸の奥深くに隠されている。
 と。


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