私の統治する王国は、とある辺境にある。いつのころからかわが国には、エレメントなる謎の物質とともに、精霊が住みつくようになった。私は城内に自席のほかに、仕事柄、別の部屋にも席をもってて、たいていはそちらの部屋で三人の精霊子分(精霊1号、精霊2号、精霊3号)と共に仕事をしている。精霊達は、よく仕事をやってくれる。息子の冒険も手助けしてくれる。そこは認めよう。助かる。
だが、当初は権威のひとかけらぐらいは握っていたと思われる私だったが、月日の流れにつれ、ひとかけらの権威は、今やひとつぶの砂のように吹けばとぶ程度のものになりさがってしまった。そして今日も……。
昼休み。仕事を離れてのんびりと弁当をぱくつく(死語)ひととき。私にとって唯一に近い、憩いのときである。
しかし今日はあまり憩うことができなかった。奥さんが先日の喧嘩のはらいせに、弁当のおにぎりに変な具ばかり入れているのだ。ひとつめのおにぎりにはさくらんぼ、ふたつめのおにぎりにはカール。
そしてみっつめのおにぎりを恐怖八分期待二分のこころもちで開けてみようとしたとき、精霊1号がやってきた。
精1:「あら愛妻弁当? いいなぁー」
ピエ:「愛妻どころじゃないよー。ちょっと見てよこのおにぎり」
精1:「へぇー、さくらんぼとカール。ピエトロさんの王家って竜とか妖精とか変な血統が混じってるのは知ってたけど、おにぎりの具も変なんだ」
ピエ:「あのねー、うちは由緒正しい王家の家柄なの! 変じゃないったら! おにぎりだって由緒正しいんだよ! おかかと梅干し以外は認めないの!」
精1「じゃ、なんでそんなの入れてるんですか。ねえ水の精霊さん」
精2:「うわっ、ピエトロさん、よっぽど奥さんを怒らせたでしょ」
ピエ:「なんでそういきなり的確なことを言うの?!」
精2:「だってわかるもん! どうせまた奥さんを放っといてひとりだけでジルバ女王のところに遊びに行ったんでしょ。それじゃ温厚なナルシアさんだって怒るわよねえ」
精1:「あたしだったら、毒入れちゃうな」
ピエ:「それじゃ殺人だよ!! だけど、奥さんが激怒してるって、なんで精霊にわかるんだよ!」
精2:「ナルシアさんがふつうに怒ったとしたら、さくらんぼを入れるにしても生のさくらんぼを入れたでしょう。しかしこれは、シロップ漬けのさくらんぼ。そしてこのカール。ナルシアさんがちょっと怒った程度なら、カールにしてもチーズ味を入れたはず。でもこれはうすしお味」
精1:「うっわー、名探偵みたい!!」
ピエ:「なんで精霊のほうが、オレより奥さんを理解してるんだよ!!!!!」
精1:「そもそも、こんなちんちくりんの国王に、なんでナルシアさんみたいなきれいな人がヨメに来たのかしら」
精2:「あたしも不思議だったのよねー。それでナルシアさんに聞いてみたら、うつむいて、『昔はもうちょっとかっこよかったんだけどねぇ』って……」
ピエ:「なんだよー!! 今でもかっこいいだろー!!!!」
精1、精2:(声を揃えて)「かっこわるーい!!!!」
ピエ:「なんでだよー、こないだ息子の部屋で悪霊を退治したときなんか、我ながらほれぼれするほどかっこよかったんだからー!!」
精2:「かっこいいお父さんだったら、あんな変な悪霊が襲いかかってくるような事態に息子を追い込みません」
精1:「あのときも原因や悪霊の進入経路を究明せず、けっっきょくピノン王子にまかせっきりだもんね」
ピエ:「かわいい子には旅をさせろって、昔から言うじゃん! それにもっと難しい言葉で、かんなんなんなん……」
精2:「艱難汝を玉にす、です。知っている言葉だけ使うようにしましょうね」
私はみっつめのおにぎりを食べずに弁当箱をしまいこみながら、国王としての権威がまた下落してしまったことを感じるとともに、今夜うちに帰ったら、奥さんに土下座して、おにぎりにマグロの目玉だけは入れないでくださいとお願いしようと決意していた。