アイドルをめぐる冒険・1

アイドルと事務所の共進化(宍戸留美の謎)

 アイドルを成立させた社会的要因には大きく3つの要素がある。すなわちアイドル自身、ファン、そしてレコード会社、事務所等の組織である。アイドルという現象はこれら3つの、異なるコスト(支出)とベネフィット(収入)をもつ要素がそれぞれコストを最小に、ベネフィットを最大にするべく活動した結果なのだ。3者の関係は、ファンという資源をアイドルが収奪、そのアイドルを事務所が収奪する、という食物連鎖のピラミッドにおける、1種の共進化としてみることができる。

 アイドルのベネフィットは芸能界に生き残ること、生き残って自分の名をできるだけ多くの人に知らしめること、言い替えれば、ドーキンス言うところのミーム(文化的遺伝子)の複製をできるだけ多く作ること、であろう。(ここでミームという考えとその正当性に付いては触れない。ここではただその概念を借用しただけである)

 これに対し事務所は、アイドルにできるだけ稼がせること、レコードを1枚でも多く売ることにより、そのおこぼれを頂戴することである。

 アイドルのおこぼれを頂戴する見返りとして、事務所はアイドルに活動の場を与える。できるだけ多くの人にアイドルを知ってもらうように努力する。つまり、アイドルのミームをばらまく手伝いをするのだ。これはちょうど、樹木が甘い実を作り、鳥は実を食べる代わりにその種を遠いところへ運ぶという関係に例えられる。

 さて、表題の宍戸留美である。彼女は事務所がない。これは原始的な生物なので持っていないのではなく、2次的に失ったのである。事務所がないアイドルというのは鳥に食ってもらえない果実、ミトコンドリアのない細胞のようなもので、

淘汰されるに決まった存在と思われた。ところが、彼女は生き残ったのである。

 どうやら、宍戸は事務所を失ったが、それに代わる共生関係を手にいれたらしい。それは、ファンとの直接のコミュニケーションである。

 パソコン通信、ファックスの普及、同人誌等のミニコミの媒体の進化により、アイドルが直接ファンと交渉する場が可能となった。それは確かに大きなニッチではないが、アイドル市場(ニッチ)が縮んでいる今、一人のアイドルを養うには足りるものとなったのだ。(もっともこれについては、宍戸の経済状況を確認しないとはっきりとは言えない)

 おそらく宍戸はこの新たなニッチを利用した、先覚的なアイドルではないだろうか。(意識的であるにせよ無いにせよ)

 宍戸を「家無きアイドル」とか「ホームレスアイドル」という否定的名称で呼ぶのはもう止めよう。代わりに「アイドル界の流通革命」と呼んであげよう。

 


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