権兵衛は、足掻くように船がほしい。
ドルマゲスの消息は、この大陸から絶えてしまった。
港町の人の話では、海をすべるように歩いて西の大陸にむかっていったという。
「ドルマゲスなら歩いて渡れもするが」
権兵衛たちは、船がないと海を渡れない。
「持船船頭になれば」
この大陸のどこへも移動できるのである。
「あの娘の実家にかけあって、船をもらえばいいんじゃないですかい」
ヤンガスはゼシカを指さした。しかし、権兵衛はかぶりをふった。
「とても」
無理だ、という。
「アルバート家は、主人がなさることと商会のやることとはべつべつになっているらしい」
たしかにそうで、商会のほうは後世の法人のように、大番頭や小番頭の手で、日常的な運営がなされており、その主であるアルバート家はその大綱をにぎっているだけで、ほとんど口出ししない。
ポルトリンクの定期連絡船も、アルバート商会の所有になっており、アルバート家の者といえど自由につかうことはできないのである。
「だいいち」
と、ゼシカはいった。
「海を歩いて渡るような怪人に、もし追いつけたところで、あたしたちが勝てるのかしら」
「黙れ」
権兵衛はゼシカの乳房をひねりあげた。痛みのあまり涙をうかべてひざまづいたゼシカに、冷たい声がふってきた。
「夜の役にしかたたぬ娘のくせに、口をはさむのではない」
船、船、船と案じつづけてきた権兵衛のもとに、知らせがあった。
トロデーン城の南の砂漠に、古びた船が放置されているという。
権兵衛はよろこびつつも、船の状態がわからないだけに不安になった。もし船底の背骨というべき航材が割れていれば修理もなにもあったものではない。
「薪にもならぬかもしれない」
とにかく、検分にいってみることにした。
ポルトリンクから曲がりくねった山道を歩いたすえの砂漠。
そこに古船は、なかば砂に埋もれてうずくまっていた。
「航は、割れていませんよ」
ククールがまずいった。航は船底構造の背骨のようなものだけに、これが割れていれば救いようがない。
(そいつは、よかった)
権兵衛はおもった。
「もっとも、外櫨やら戸立やらがこわれています」
ヤンガスがいった。
「垣まわりはみなこわれています」
といったゼシカを、権兵衛は張り倒した。
「うるさい。外櫨や垣まわりなどは、修理できぬことはない」
問題は水であった。
どういうわけかこの船は、内陸ふかくにその身を横たえている。
ここから海まで曳いていくなど、できる相談ではない。
「水のこと、なんとかする」
権兵衛はまた駆けまわらねばならなくなった。
「たかが船いっぴきに、こうも苦労をさせられることよ」
と、権兵衛はこぼした。
内陸に水をよぶための方法を、トロデーン城じゅうめぐって、やっと探しあてた。
それには月影のハープが必要だという。
大陸じゅうを走りまわったあげく、ハープはパヴァン王の宝物庫にあるとわかった。しかしそれは、すでに盗まれていた。
盗賊を追ってトンネルを探しまわったあげく、ハープでジャイアンリサイタルを奏しているモグラを、やっとのことでみつけた。
「まず、わしの歌を聴け」
モグラはいった。
「これは慮外な」
権兵衛はかまわず斬りすてた。
竪琴の音のひびく中、まぼろしの波に誘われて、船は海へとむかう。
竪琴にゆりおこされた草木の残留思念が、波となって船を浮かべる。
「あれを御覧ぜよ」
と、ゼシカはこの壮観を見、思わず傍らの同僚にいった。
「われらも数時間、山野に起き伏し、智恵をしぼり、勇を振った骨折りの甲斐、いまこそあったというものよ」
わるいことにこのゼシカの述懐を権兵衛がきいていた。やにわに立ちあがった。
「ゼシカッ」
もうゼシカのそばに来ている。権兵衛の凶暴な発作がはじまった。
「もう一度言え。――おのれが」
と、ゼシカの首筋をつかんだ。
「おのれがいつ、どこで骨を折り、武辺を働いたか。いえるなら、言え。骨を折ったのは誰あろう、このおれのことぞ」
権兵衛はゼシカを押し倒し、両の乳房をつかんではひねりあげ、残忍な愛撫をくわえている。
「ああ、堪忍くださりませ」
「許せぬわ。言え。誰のおかげでうぬは、ここまで生かされておる」
権兵衛の眼は狂気と好色に光っている。