「マイエラの御前(マイエラ修道院の院長)がご他界あそばされた」
「えっ」
リーザス育ちのゼシカがおどろいたのは、名も顔も知らぬ修道院長の死ではなく、マイエラにも修道院があるのかということだった。
「あるのだ。院長が在す。その院長が、なくなられた」
院長の死は、マイエラからのいわば公式な報らせもあった。
しかし諜報では、
「殺された」
と、いう。
修道院の警備をつとめる、聖堂騎士の団長はマルチェロという。まだ三十にも届かない齢で、団長までのぼりつめるというのが、異様である。
かつてこの国をおさめ、「御所」と呼ばれた領主の家柄の出身である。マイエラの修道院も、この領主が寄進したものだという。
(それが、いまさら所有権を主張したのか)
当節を乱世というが、それは古い階級の内部でおこっていることだと権兵衛はおもっている。すべて所有権・相続権をめぐるあらそいで、道化師が国王を殺したり、その逆がおこなわれたり、また、娘と母が殺しあったりする。それらは見飽き聞きあきていたが、しかし騎士団長が修道院長を殺すというのは、このたびマイエラでおこったことがはじめてである。
事の多い日だった。その話し合いの部屋に、ヤンガスがゆるしをえて入ってきて、
門前ニ貴人アリ。
という意味のことを小声でいった。権兵衛がききかえすと、聖堂騎士団長の弟が、僧形に身を変えて頼ってきている、という。
権兵衛はいそぎ衣服を着かえ、旅の僧の姿のククールを上座に招じ、さがって平伏した。
「まろは、地獄からぬけ出てきた……」
と、ククールは、ひどく幼い舌まわしでつぶやいた。
「地獄とは、マイエラのことでござるか」
「マイエラではない。……」
あのうつくしい山河が地獄であろうはずがない。
「母者は、な」
と、ククールのことば使いが、水涸れの水車のようにゆるやかになった。
「まろをな、珠のようにな、慈しみ給うた」
(そのことが、御所の家政の乱れになったのだ。このまろ殿はそのことにまだ気づいておられぬのか)
「そのためにな、兄にておわす御人(マルチェロ)をな、修道院に入れておしまいなされた」
「何の罪咎あって」
「賤しきメイドに産ませた、罪の子じゃ、と申されてな」
「ばかなことだ」
権兵衛は、つい感情的になった。御所の領主には、目も心もないのか。自分が産ませておいて、厄介者扱いにし、あげく修道院に放り込むとはなんとしたことだ。たとえわが子であれ、ひとを窮地に追いつめればかならず狼心をおこすというのはきまりきったことだ。
「マイエラの領主は」
と、権兵衛はわざと敬称をつかわずにいった。
「みなそうだ」
ククールは、権兵衛の青ざめた表情と語気におびえた。
権兵衛はマイエラにいく。
むろん、ククールに権力をとりもどさせようという気はまったくない。
(マイエラを切り取ってくれよう)
さいわい国人の心は、修道院からも、領主からも、離れきっていた。
かつての領主、そしていまの修道院と、二重に租税をかけられ、疲弊しきっている。
われらは心ある者也。
物盗りはせぬ(箪笥は探して樽と壺は割る。あと、勝手に置いてある宝箱は開ける)。
ひとへに悪しきただ一人を討つのみ。
と、要所々々に立札をたてつつ、修道院につくと、濠をとびこえ、門をやぶり、橋に火をかけた。
マルチェロは道化師の姿でドニの街に逃げこんだが、早くも所在をさとられたと知り、西へ奔った。
権兵衛は、マイエラを一朝にして得た。
ククールには、のちの運命がある。
かれは権兵衛の一行にその身を託した。
マイエラには、一部異論をなす者もいた。マルチェロを討伐した後はこのククールを修道院長にすべきではないかという論だが、それらの者はすべて権兵衛が殺した。
旅をつづけて数年、ドルマゲスを倒した後は地位をうしない、四方に潜行するうちに病死した。