鯛のあれこれ

 近所のスーパーで、信じられないほど安いものを見てしまったのだ。鯛。尾頭付きの鯛。小さいながらも鯛。それが五匹パックで148円、しかも半額に値下げされている。
 以前母親が、日生で小鯛を買って笹漬けに挑戦してみたが失敗した、と言っていたのを思い出した。こいつは、母親の雪辱に挑むまたとない機会ではないか。スーパーのビラには「焼き物にもお刺身でも」と書いてある。それになにより74円、失敗してもモトモトの値段ではないか。
 というわけで買って帰る。うちに帰って値札をよく見ると、「ちこだい」と書いてある。最初これを「ちごだい」と間違えて、「やはり小さいから稚児鯛なのか」と納得してしまったことは秘密だ。「チコダイがいるならハーポダイもいるのか」と思ってしまったことは誰もわからなくていい。どうやら真鯛に近縁である、チダイの地方名らしい。あるいはちっこいチダイをチコダイというのか。全長15センチ。小鯛というよりミニ鯛といえよう。
 パックについた札には「煮物、焼き物用」とも書いてあって、刺身という言葉がなぜか不可解にも欠けているのだが、無視して予定通り計画を推進する。この程度の情報では、作戦を中止する原因とはならない。

ちこだい

 まずはウロコ取り。包丁でがりがりがりと鯛の身をこそいでゆく。ウロコが面白いほど勢いよく剥がれてゆく。勢いがよすぎて、シャツや顔にへばりついたり、台所の随所に飛び散ったりしていく。とりあえずウロコを取り、顔を洗い、シャツをはたいて、飛び散ったウロコについては深く考えないことにする。

ルカナンで防御力が落ちた

 次に三枚におろす。胸ビレのつけねから断首し、割腹してはらわたをこそげ取り、尻尾から身を剥いでいくようにおろしていく。とはいうもののうまくいかない。ただでさえボロ雑巾のようになった身が、小骨を抜くとさらにボロボロになっていく。しかし刺身を食っていてウロコや骨を食いあてるほど不愉快なことはないので、見栄えよりも食感優先でいく。
 しかし、こうやって魚をさばき、小骨を抜いたりしていると、脊椎動物がもともと体節構造をもった生物から進化してきたってことがよくわかる。いっそゾウリムシから直接進化すれば、中骨もたったの一本で、こんなに苦労しないですむのに。

憲兵とバラバラ死美人

 肉をはぎとった残りのアラは潮汁にする。
 アラをいったん水煮して、沸騰したところで湯を捨てる。なんとなく鮮度が悪くて生臭そうな気がしたからだ。あらためてショウガ、ネギのきれはし、などと一緒に水煮。最後に塩で味付けしてできあがり。
 さすが小さくても鯛というべきか、ぷつぷつと表面に小さな脂の玉が浮いている。ショウガとネギのせいか、いちど茹でこぼしたせいか、生臭くはない。なにしろ板前の腕が拙劣なため、アラにたっぷり身がついているので、よくダシが出るのだ。スープのみを塩味で飲んだが、なかなかの味わい。にゅうめんにもしてみたがこれもいい。

寸試しのち釜茹で

 そしてメインの食材であるこのボロ雑巾、いや鯛の身は予定通り笹漬けに。
 身を洗って水分をふきとり、塩をふって寿司酢にひたして冷蔵庫に安置。これで明日になれば、うまくいけば小鯛の笹漬けになっているはずだ。いや、笹などどこにも使っていないから、笹漬けモドキと呼ぶべきか。
 食うのを翌日に延ばしたのは、金曜日なら食中毒になっても私が週末苦しめばそれで済む、という慈悲の心からだ。

恐怖の笹漬けモドキ

 寿司酢がちょっと甘すぎたので、レモン汁をふりかけて食ってみる。
 思ったよりもうまかった。ちゃんと鯛のねっとりした食感があるし、皮の歯触りもここちよい。鯛の味に甘味と酸っぱさがほどよく調和している。ただの酢より寿司酢を混ぜたほうが、甘味とダシの味が沁みていいようだ。
 でも、確かに、市販の笹漬けとはなにかが違うのだな。笹の香がないとか、鯛の種類や鮮度の問題もあるだろうが、やはり下手包丁と骨抜きによりぐずぐずとなった身と、市販のなめらかな身の違いのようだ。ぐずぐずの身では旨みも抜けるし舌触りもぱさついている。

 ちなみに待ちかねてその夜のうちに食ってしまったので、翌日の金曜日がえらいことになってしまったのは秘密だ。


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