ベトナムごはん

 いきなりですがすいません。題名に偽りあり。ごはんはぜんぜん出てきません。

 こう暑いとできるだけ料理も手抜きしたくなる。だいたい台所というのは家の中でもっともエアコンが効きにくい位置にあることが多い。それだけでじゅうぶん暑いのだから、もう火なんか使いたくない。台所にいる時間はできるだけ短くしたい。などとお考えではないでしょうか。
 火を使わず調理の大半を食う側にまかせる料理というと、手巻き寿司というのがあります。ご飯を炊いたら酢と砂糖と塩をぶっかけて寿司飯を作って冷まし、あとは大皿にマグロ、カツオ、イクラ、ハマチ、甘エビなどの寿司ネタ、シソ、ミョウガ、キュウリ、アボカドなどの野菜類を盛り、ワサビと海苔を添えて並べるだけ。あとは食べる人が無原則無定見にてきとーに巻いて醤油つけて食べるだけ。
 こういう手巻き寿司感覚で楽ができる料理として、ベトナム風生春巻きなんてのはいかがでしょうか。
 台所で用意するのは巻く具材の下ごしらえだけ。ブタコマか鶏肉をゆでて適当に切る。小エビを茹でてそのまんま。春雨は戻して適当な長さに切る。キュウリをスティック状に切る。ニラはざく切り。ミョウガを縦切り。香菜をちぎる。万能ネギを二十センチくらいの長さに切る(このとき十センチくらいのところから針先で六つくらいに裂き、冷水で冷やすと、くるっとカールして見栄えがよくなる)。モヤシとシソは洗ってそのまんま。
 これを大皿に盛って出すだけ。あとは食う人がする。市販の生春巻きの皮を水で戻して、好きな具材を巻き、好きな按配にタレを作ってそれにつけて食べる。タレはヌクマム(ナンプラーでもよい)と唐辛子(豆板醤でもよい)とライムの汁(レモンでもよい)を好きなように混ぜるだけ。
 生春巻きの皮は、スーパーなどで乾燥したものを売っています。お好み焼きくらいの大きさの丸く、半透明のもの。ほとんどはタイ産の皮ですが、たまにベトナム産もあります。
 タイとベトナムの違いは皮の厚さ。タイの生春巻きの皮はクレープくらいの厚みですが、ベトナムのは極薄。一センチくらいの厚みで、タイなら十五枚くらいでしょうか。ところがベトナムは五十枚を超えます。これでもかこれでもかといった具合に、まるで雲母のようにぺりぺりとはがれます。
 タイとベトナム、どっちがいいかというと、それは好みでしょうな。タイの皮は厚いので丈夫で扱いやすい。水で戻すときも、一枚ずつはがして水道水で濡らし、一分ほど皿の上においておけば戻ります。皮が厚いので、具は多めに巻いた方がバランスがいいようです。
 それに比べるとベトナムの皮はきゃしゃです。はがすのにも苦労しますが、それを戻すときも大変。タイの皮みたいに扱ったら、あっという間に濡らしたティッシュペーパーのようにくしゃくしゃになります。大皿の上で、濡れぶきんか濡らしたキッチンペーパーで一枚ずつ挟み、ていねいに戻してやる必要があります。すぐ破れるので、具は少なめに。それだけ苦労しますが、エビやニラが透けて見える美しさはタイに優ります。皮のもちもちした感じもタイより上でしょうか。
 巻き方は適当と書きましたが、まず手前はじっこに具をのせ、ひと巻きしたら左右両端をすこし折り、そしてくるくる巻いていくと中身がこぼれない。エビとネギはとっておいて、最後のひと巻のところに載せると、きれいに透けて見た目が美しくなります。

 生春巻きの次はベトナム風お好み焼き、バインセオなんかいかがでしょうか。
 ふつうお好み焼きの皮は小麦粉を使いますが、バインセオは米の粉を使います。上新粉にターメリックパウダー、ココナツミルク、塩、水を加えて混ぜます。そうですね、ちょうどクレープくらいのさらさらした感じに。
 まずフライパンに油をひき、小エビやブタコマを炒めます。火が通ったら、そこにさっきの皮のもとを流します。ごく薄く、クレープくらいに。
 皮に火が通って表面が乾いてきたら、その上にモヤシ、ニラ、ネギなどを載せ、蓋をして蒸らします。
 数分たって野菜がしなっとしてきたら、蓋をとって火を強めにします。皮のはじっこがぱりぱりしてきたかな、という感じになったら、ふたつに折ります。これでできあがり。さっきの生春巻きと同じ、ヌクマムと唐辛子とライムを混ぜたタレにつけていただきます。
 このお好み焼きは、とにかく皮を薄くすること、ぱりっとさせること、がおいしく作るコツのようです。

 生春巻き、バインセオ、と並べてきて、具がほとんど同じことに、慧眼なる読者はすでにお気づきでしょう。モヤシ、キュウリ、シソ、香菜にエビ、豚肉、鶏肉という組み合わせは、どうもベトナムおそうざいの定番のようです。たんに乏しい経験から私が独断しているだけかもしれませんが。
 じつは次のも、ほぼ同じ具を使うのです。ベトナム風サンドイッチ。
 ベトナムはもともとフランスの植民地だったこともあって、いまでもフランス料理の店が多くあります。安くておいしい。いや安いといっても日本人の感覚で、現地人からしたら三千円のフルコースはフォー(ベトナム風うどん)五十杯分のとんでもないぼったくりかもしれませんが。でも実際、フランス料理の優秀なシェフが多く、しかもフランスよりも新鮮な海産物や野菜に恵まれているので、ひょっとするとベトナムは、世界でもっともフランス料理がおいしい土地かもしれません。パンもおいしい。日本の焼肉屋では焼き肉にはごはんとキムチですが、ベトナムではパンです。フランスパンを適当にちぎって焼肉のつけダレをちょっとかけて炭火であぶる。これがいい。パンのうまさと皮の香ばしさとタレのしみこんだ味がジャストフィット。
 このベトナム風サンドイッチも、英米風の食パンサンドではなく、フランス風のバゲットサンドをベトナム風にアレンジしたものです。
 まずフランスパンを二十センチくらいの長さに切り、背中に切れ目を入れます。そこにバターを塗り、ちょっとだけあぶります。オーブントースターで一分くらい。ちょっと皮がぱりぱりしてきたかな、というくらいでいいのです。
 これに具をはさむ。具はキュウリ、モヤシ、トマト、レタス、ハム、サラミ、チーズ、ブタコマの茹でたの、鶏肉の茹でたの、ミョウガ、香菜、シソ、エビ、お好みでなんでもよろしい。最後にチリペーストとヌクマムをふりかけます。そう、ヌクマムなのです。この味つけが、なんともいえずいいのだな。
 朝ごはんは、これにベトナム風シェーキといきましょうか。前夜、キウイやマンゴーやメロンやバナナやアボカドなどの果肉をさいの目に切って冷凍庫で凍らせておきます。凍った果実と牛乳と砂糖(もしくは蜂蜜)をミキサーにかけ、最後にライムかレモンをしぼってかけます。水や氷を使わない、濃厚な味。卵を入れるともっと濃厚。ベトナムだとマンカウという果物が甘酸っぱくておいしかったのですが、日本だとシャレにならん値段なんだろうなあ。


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