たいていのことは自分の思い通りになると思ってた。これ人生なにごとも塞翁が馬と言う。 たいていのことは自分の思い通りになってきていると、 打ち克つべき敵に対した時に困る。そしてこれは成長のチャンスでもある。 なかなか成長のチャンスなんてタダで貰えるものではない。
高校であった宮沢雪野は私のはるか上を軽々越えて...
雪野のウイークポイントの使い方は、真秀、有馬ともにかなりえげつないっつうか、
直接的で素直でかわいいっつうか、原作者の気質だよな。
いま思うと有馬の性格からすると、
雪野をブチきれさせ(たと自分で反省す)るほどこき使うってな、
ちょっち違う気もするか。お近付きになるのが最初からの目的なんだから、
疲れきって寝てしまうほどお仕事を山積みしちゃまずいよね。
そんぐらい積んでもおっけーおっけー、というのも信頼感だとか。
嫌われ指数急上昇の私。しかし私はしぶとかった。 さいわい卑屈にならずにすむ要素が私にはあったので。勉強しておくことが当然と思っていると、こういう使い方はできないかもしれない。 ただ、雪野のように、それが何かの道具であるなどして ある程度客観的にその効果を眺めてきていると、こういう使い方もできるんだよな。 それをはっきりと描いたシーンってな、初めて見るけども。
このあと、教師の助力を断るシーンがある。 ここの応対も、ある意味、非常に優等生的。 それは教師の助力が自分の思う方向にいかないデメリットを勘案しているということ。 雪野は、この問題を自力で解決しなければいけないと思った。 ま、それはいいんだけど、でも、それは 雪野が自力で解決する方向に教師の助力を得てはいけない、ということまでは意味しない。 要は自分がどうしたいか、どうするつもりでいるからこうしてくれ、と言えたところを どうでもいい動機を語ってごまかした。ぜんぜん信用も信頼もしとらんな。 ... Act:7.0 の対応からすりゃ当然か。
この点は沢田亜弥達に相談しているのと良い対をなす。
「自分でやらなきゃ駄目だって思ったんだよ」いきなりベタベタに甘ったるい。 それはともかくとして、 有馬がどーして気付いたのか、というあたりの描写が省略されてるけど、 要らないと思ったのかな。 雪野が孤立した状況を客観的に描くのに使えるシーンだったので 個人的にはあったほうがよかったと思うんだけど。
「自分の納得のいくようにしたらいいよ。僕はいつでも宮沢の味方だ」
二人の喧嘩を浅葉がとりなすところ、 やはり不思議なのは雪野がどーして自分の写真をもっていたのか、ということだろうな。 浅葉が自分の写真をもっているほうは百歩ゆずっていいことにしよう。 浅葉ならなんかそれなりに使い道を見出しそうだから。
ここ、非常に細かいことだけど、原作との違いが一つある。 ブラん中に写真を隠す時、原作は服の中が浅葉や有馬から見える側だったんだけど、 アニメは見えない側になっていた。何を寓意するかってことにはノーコメント(爆)
「自業自得だもん、責任くらいはとらないとね」恐るべき客観視能力。知り合ったばっかの人達に、自分自身についての 自分の考えをほとんど装飾なしに語る。 ... ま、むしろ知り合ったばっかの人達へのほうが語り易いかもしれないが。
他人の目を気にする生き方はくだらない、とかゆうておるが、今もしっかりと 他人の目を利用して生きている奴に言われたくはないと思わないでもない。 本質的には雪野の変化は、 他人の目を当然と利用してきたのを 積極的に価値観の中に組み入れ相対化しただけである。 それは見栄をかぶることのデメリットを知り、そのデメリットを消そうとする側に 思想が動いているということは意味するが、 見栄をかぶることのメリットを否定することまでは意味していない。 教師との対応を眺めてみればそれは明らかだ。
「殻」がおこす問題を非常に端的についたものとして『繋がれた女』という SF 短編がある。
誰が書いたんだか忘れたけど、
サイバーパンクの中で著名な SF なのでそのへん漁ればあるだろう。
この話、リモートコントロールで美女アンドロイドなボディを動かすので、
「見栄」というコトに関しては雪野なんかよりよほど完璧である。
で、これが恋におちて... という時に
「リモートコントロールなアンドロイド」と「本人」の差というものが ...
という話だが、
これと同じく、
雪野も一度は「見栄が破られるのが恐いから」と有馬の告白を断ったことからも、
本当はこの時に想像がついてもよかった。
「見栄が破られるのが恐いから」と他人が近付くことを拒否するなら、
友人ができないのは論理的帰結だ、ということに。
本人の魅力とかどうとかという以前の問題として。
「ならどうしてあなたは他の子を味方につけて自分が優位にたとうとするの?」そりゃあ もちろん他の子を味方につけないことには格で劣ることを自覚しているからにきまっている :-) 戦端をひらいたのは真秀なんだから、この直接対決、 ほんとは勝つ目算がたっていなければいけない。 それが気迫負けしていては話にならないと思う。
ただまあ、雪野もこれまで全力で他人と戦ったことはないはずで、
しかも人の心の動きがわからんとかちょいまえに悩んでいたような気がするくらい
不器用な奴の筈だが、
それがなんでまた 1 対 1 の対決で押し切れる力を有しているかってあたりが
ちょいと分からん。
実は中学時代に生徒会長とかやっていたのはいいとして、
時々会議で気迫で議案を通していたとか?
「ヨコからでてくんじゃねぇよ」こーゆー奴が有馬からみて妹みたいで可愛い、とくるあたり、 有馬の人を見る目は並以下である ... のか?
「私達をだましたのは許せない」そういう問題では、絶対にない。
「ゴタゴタに巻き込まれるの嫌だって思うよ」... たった数日のことなのに、自分達が何を思ったのか綺麗さっぱり忘れている。 真秀がやったのは「雪野のギャップについて考えろ」と告げたことだけである。 雪野に対し、シカトするか否かということは自分達で決めたことである。 ゴタゴタに巻き込まれるのかどうかということは、雪野と真秀が直接対決したとか、 時間が経過したとかいうことに依存しないことだから、巻き込まれたくなかったのなら 何故に最初にそう言わなかったのか? こいつら馬鹿と断定する所以である。
「猫かぶって私達をだまして .... だけど私は思うんだ」息がきれるほど長いセンテンスを喋らせてどーすんだ。演説でもないのに。 まかりまちがっても口語で出て来るような文では無いぞ。 この部分、下手な芝居だと断定する所以である。
「媚びてるってのは何?」嘘なんか一言もついてない。「媚びてる」というのは真秀の主観評価にすぎない。 それに賛成するか反対するかはそれを聞いた側に委ねられることである。 主観評価が多少ボケてたからといっていちいち嘘よばわりされたんではたまらんだろう。
「真秀、どうしてそんな嘘つくの?」
「こうも考えられる ... そこを利用すれば」一度でいいから集団心理を操ってみたいものである。 たとえキーワードが分かっていたとしてさえ、集団心理を操ることができるなら、 それは操った者を称賛することはあっても それを悪いとは私は思わない。 ま、それは主観的な評価だから脇においとくとしても、 現実の人間を対象として「つぶす」 といった物騒な言葉がでてくることは、このコンテクストではありえない ... つまり、どういう状態をもって「つぶされた」状態とみなすか、ってことだけど、 おだやかなケースでも少なくとも有馬と浅葉を敵に回すことになるんだけど、 そうすると彼等の権力からして、こんどは逆にクラスが学年から孤立するんだけどな。
基本的に、雪野と真秀の直接対決を眺めて一気に醒めた、というのはかまわない。 しかしそれならまずは気力が抜ける側にずれるのであって、ここにあったように 「立派な討論会」を経てどうこうということにはならないと思う。 自分達が悪いとは思っていないのだから、ここまで偽善的なおぜんだてをしてまで 真秀に対抗しようという動機はないはずである。
なんといっても有馬はこの事件に干渉寸前だったのであり、それを雪野がかろうじて
押しとどめているから事件が続いていた。
この「いじめ」、止めようと思えば雪野は即日とめることが可能である
── 「有馬を怒らせるよ」
と告げることによって。それは確かに雪野の敗北を意味し、真秀は喜ぶだろうが
クラスメートにとっては何のメリットももたらさない。
いじめというのは加害者に不利益がかぶらないように行なわれるものであるはずなのに、
自分の身も守れないという感動的なほど馬鹿ばっかりである。
「いままで自分がいた位置に自分より優れた者に立たれるほど惨めなことはないわ」そうか? 自分より劣った者に立たれるのが惨めだと思うのなら分かるが ... 少なくとも雪野は入学試験首位ではなかった。 そして、中間で首位を奪回したことは目の前で見て知っている筈である。 そして今、13 位にまで落ちるのを代償として恋を手に入れ、 リバウンド覚悟で正直になろうとした。 切札を使わずとも隙だらけである。ここで切札を投入せざるをえないほどの力の差があるなら、 そりゃあ「優れた者に立たれるほど惨めなことはない」とかどうとかいう問題ではない。 別に雪野でなくても別の奴に上に立たれるだけである。
力を有している時、それをどう使うかは人による。雪野はここで 13 位に下げた
その差で恋を手にいれた訳であり、そのこと自体は他人に言われる筋合いはまったくない。
それは、真秀が中学の時に首席の利得として学校生活を謳歌していたことに
対応することなのだから。
....
他人が利得で生活していると何故か腹が立つもんであるが、それはまた別の話 :-)
去っていく芝姫が缶をけりとばすシーン、タイミングといい絵といい、 久々にガイナックスの力をみた。 わずか数秒のシーンだから、できれば mpeg かなんかにおとしてメール着信アニメか 何かに使ってみたいと思ったところ。
芝姫は雪野が浅葉から写真を取り上げたことを知らないんだから、 この有馬の写真はとうぜん有馬から貰ったものだと考えているだろう。 そうすると有馬の定期入れにはいっている雪野の写真とあわせ、 確かに破り捨てたくなるのもよくわかる。
破られた雪野の写真。つなぎあわせてみた人はいないだろうな。 原作もデッサンがゆがんてて、それを反面教師にしたようなデッサンだったけど、 やっぱりアニメも歪んでいるのであった。
「怒らせたわね、怒らせたわね、私を、ヒッヒッヒ!」いちばん気合いの入っていたステージ、だよな ^_^;;;; ありとあらゆる神経のゆきどといた、見事なステージでした。脱帽。 ソニックブームでふっとばされるクラスメートといい、 しがみついていたはずの手がいつのまにか空手になっている芝姫といい、 自由落下でおいかけ綺麗に着地をきめて "体育「10」" とでる雪野といい、 「そおゆう問題かあ?!」と芝姫と同じタイミングでつっこめるように出来ているあたりといい。 あとからせまる足音がぴったりあっているあたりといい。
唯一、画竜点睛を欠いたのは真秀の表情だった。 もちっと気合い入れて(どんな表情にになるにせよ)顔を描いて欲しかった。 これは芝姫の筋と真秀の筋の数少ない intersection のひとつなんだから。
「でも有馬はちっとも気付いてくれなかったっ」ま、な ... お約束なシーン、では ... ある、よな。
13 時間/日も勉強しなければいけないような高校に 友人 4 人がそのまんま入ることができるってな、要するに 芝姫だけが並外れて成績が悪かったか、あるいは同じ高校に行こうと頑張った仲間が もっといて、そちらさんはけっこう落ちたか。 確かに芝姫達の通った中学とこの高校は近い場所にあるはず(有馬の通う距離が短い)で、 だから、同じ高校を受験した仲間はもっといてもおかしくない。
ところで芝姫ってば かなり無理してこの高校に入ったようだけど、 いきなり 1 学期ほとんどまるごと休んで授業大丈夫なのか?
「あんたほんとはけっこー宮沢さん好きなんでしょ?」ま、両者ともに嫌うべき理由は、有馬という外要因を除けば、ないもんな。 雪野の公正さを芝姫はみてきたんだし、芝姫もまたしっかりを筋を通して来た訳だから。 雪野の見栄とかは別次元のところにあるから、なにかが障害になることは、ない。
「へっ、ぜーんぜん」
「余計なこと考えたら、はったおすわよ」雪野が人の心のひだを知り尽くした人間に見える ...
「いや、同情かけようと思って」
芝姫の筋が雪野のコンプレックスに対して透明な友人関係の成立を描いたものならば、
真秀の筋はコンプレックスそのものである。
雪野の視野には「いじめ」そのものはない。
コンプレックスの象徴として捉えられているにすぎない。
「いじめ」られている状況を、たかだか学力というとりえに代償させることで
場をごまかすことができているのは、状況の客観化ができているということでもある。
したがって、最初のうち問題のとっかかりを欠いていたのは
即ち問題の理解に踏み込めていないということも示している。
この文脈では真秀はコンプレックスそのものであり、 「どうしてあなたは他の子を味方につけて自分が優位にたとうとするの?」 という言葉はかつての自分に対する言葉であり、 コンプレックスへの訣別の言葉でもあるだろうと思う。 つまり、 「他の子を味方につけて自分が優位にたとうとする」ことに有意義な理屈が でてこないようならば、 それはすなわち今の雪野自身を肯定することにつながるから。
確かにこれは雪野にとって絶対に負ける訳にはいかない戦いになっていた。
したがって真秀の戦術としては、 まず第一に状況が凍結される夏休みにその状態のまま逃げきることを考えるべきである。 理想的には終業式の 2-3 日まえからシカトが始まるようにできれば完璧だ.... ほんとか ^_^?
この集団の論理だとクラスメートが雪野にどう謝ったのかが面白い問題になる。
真秀に責任転嫁して謝った(ex. 「ごめん、真秀にだまされてた」)としよう。
この集団の論理でいけば非常に正直に謝ったことになる。
さて、ここで雪野が採れる行動は...? と思うと、これを認めると
雪野は真秀を許すことができなくなる。
一番の被害者である雪野が真秀を許すことは、
皆の真秀への責任転嫁を非難することにあたるから。
では、自分達の罪を認めて謝っただろうか?
どうして悪いと思ったのかを雪野が突っ込むとなかなか面白いことになるけど
これはカドがたつ :-)
からやらなかったとして、この場合、この後で真秀は孤立しない。
「真秀と私達のどっちも悪かった、お互い様」
ということだから、
少なくともかつての真秀のとりまきが復活することを止める世論は存在しない。
もしそういう世論があるならば、それは責任転嫁を示している。一種の欺瞞である。
単に「ごめんなさい」だけでは?
確かに雪野の意識では問題が解決さえすればどんな形でもいいとはいえ、
これは呆れるほど後のフォローが効かなくないか ...?
この場合、真秀が孤立するのは八割がた雪野の責任だとおもう、というか、
雪野をボスとしてクラスメートが集団で鞍替えしたことにあたるから、
真秀の孤立解消は今はボスになった雪野の義務である。
ところで、いじめ問題の最終的解決として、「とりえ」を持つべきだ ── という意見がでてきそうな話だが、これ自体は決して最終的解決になったりはしない。
とりえというのは、さまざまな評価法を座標軸にとった超空間における 評価値集合の convex hull であり、convex hull に触れている(frontier line) 評価値をもつ人だけがとりえをもつと解することができる。 当然のことながら集団の中ではとりえをもてるのは非常に少数である。
.... という文章が図なしで理解できるとはほとんど思わないが ^_^; たいしたコトは言ってない割に真面目に書くと長いから今は略す。
「顔で女を選ぶようなバカじゃあ、有馬がないからだよね」と Act:9.0 で椿が語り、それに芝姫が答えているその答えからも、 1-A の雪野のクラスメート達と違い、有馬の判断が正しいとする価値観がここにはある。 雪野の見栄という殻は、それが破られる前の時点でさえ 彼女達にプラスに働いていない。
「なに結論だしてんのよ、尋いてないわよ!」
雪野の見栄がコンプレックスを抱くべきものであるかどうかに そもそも異論があると思うけどそれは脇に置いといて、 雪野の視点からみて今は見栄が雪野にコンプレックスとして負に働いている。
見栄を正として扱った有馬、負として扱った浅葉、真秀。 彼らは雪野のこのコンプレックスに対して発言権がない ── もうすこしきちんと言うと、 雪野は彼らに自分のコンプレックスの悩みを語ることができない。 それは雪野の見栄の有無に彼らの直接的な利害(彼らの雪野という人間に対する評価) が関わるからであり、 たとえどんなに彼らが誠心誠意をもったとしても雪野は その回答に彼らの利害を見出さざるをえない。
芝姫のグループが雪野にコンプレックスに透明であることは、 今の雪野が友人を得るための条件としてまず第一にくるはずのものであり、 芝姫達が自然に友人関係となったのは非常に素直な構図だと思う。
と同時に、雪野が芝姫達という友人を手にいれたことは、 『彼氏彼女の事情』の雪野の筋において、 当初から続いていた 雪野の「見栄」に関わる筋がついに主筋から外れたということでもある。
原作: | 津田雅美 『彼氏彼女の事情』 白泉社 | ||
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製作: | ガイナックス | ||
放送: | テレビ東京 Dec. 4, 1998; 18:30 - 19:00. | ||
CAST: | 宮沢 雪野 | 榎本 温子 | |
井沢 真秀 | 野田 順子 | ||
芝姫 つばさ | 新谷 真弓 |