「二人とも待ちなさい!」
もし二人の表情がさっぱりしていたのなら、 このまま見逃すつもりだったのだが、
そしてもちろん、祝福してやりたい位のつもりでいたのだが。 なにしろ使徒はもうこないことが分かっているし、 エヴァンゲリオンへ彼らを無理矢理乗せなければならないことも もうないだろうから、彼らがこのまま第三新東京市を離れても、 ミサト個人には引き留めるべき理由はなかったのだ。
しかし、 アスカの何かに追われるような眼、それにシンジの辛そうな顔。 あの時、アスカに引っ張られた時の、あの一瞬のシンジの表情。 レイを振り切るような目。 それは無視してよいようなものではないことも、またミサトはもう理解していた。
「レイ!」
ようやくミサトは追い付いた。‥‥ レイの涙を見るのは、 ミサトにとっては初めてのことだった。
彼らを捕まえるのに、事を荒立てるつもりはミサトにはなかったのだが、 事ここに至って、なんとしても保安部諜報局を動かす決心がついた。
保安部指揮権に関する第 13 条第 2 項そして適格者に関する条例によって、 作戦中はネルフ作戦部はネルフ保安部をいつでも指揮下に置く事が出来る。 これはその昔、加持君が調べているうちに発見したことの一つ。 司令からの権限委譲を必要としないのが利点で、彼女は 「上」を巻き込むつもりはまだ無かった。
ネルフ作戦部の作戦遂行に不可欠な資材、人材、 情報の安全と優先的確保にあたるかぎり、 ネルフ保安部はネルフ作戦部の指揮下に入る ──
アスカが逃亡したときに保安局がサボタージュした時に、 保安局を動かすべく調べたときに知ったことの一つ。 結果的にこの条項を発動するまえにアスカが発見されたので、この時は使わなかった。
諜報部を本気で動かそうと思えば動かせる。
作戦遂行中はネルフ全組織が作戦部の指揮下に入る条項はまだ生きている。
だから、使徒が現れ、作戦開始の宣言が出せれば、諜報部も動かせる ──
もっともその場合には、命令を出さなくても必死になって二人を捜し出すだろう。
使える適格者は今はわずかに 3 人。うち 2 人が逃亡中なのだから。
ミサトはレイを見た。
そして、ここにいつでも使徒とマギに判断させることができる人間が居る。
ミサトはリツコを責めて、すでにレイが生粋の人間でないこと、
AT フィールドさえ張ることができ、またその時にはパターン青 - 使徒としてマギ
に認識されるであろうことを知っていた。
したがって適当な場所で、AT フィールドでもレイに張らせればマギが使徒の到来と判断し、
作戦部は諜報部を指揮下に収めることが原理的には出来る。
しかし、泣いているレイを見ると、それは最後の手段にしたかった。
彼らは忘れているか、わざと考えないようにしているのかは知らないが、
ネルフの絶対的な権限 ── 列車を駅間で停車させる位はなんでもないことである。
まだ、そこまで指示するつもりはなかったが、
もしこれ以上レイが泣くようなことでもあれば、
1 時間以内に捕まえること位なんでもないことだった。
いくつか連絡を入れる。
「15 時 21 分新潟行きに乗ったわ‥‥ 途中駅と新潟に注意して」
「あ、リツコ? ん。どーも、駆け落ちっぽいのよぉ‥‥
でも二人とも失うとレイも駄目になりそうだし‥‥
うん。本腰入れるわ。さっき保安局にも連絡入れたの。
あいつら、もーゆるさん!」
『そう。北へ向かったの。じゃあ、北海道ね』
「何でよ」
『東京の犯罪者は逃亡先を北海道に選ぶものなのよ。
心理学的にも明らかだし、ちゃんと統計にもでてるわよ』
「それは違うんじゃない? だって高崎よ?
北海道へ向かうなら、新東北本線経由で北へ向かうんじゃない?」
『そんなのミサトが追っかけたからにきまってるじゃない。
今からだと ‥‥ 列車をとめないつもりなら、保安局が追い付くのは新潟、
には間に合わないかな。ミサト? 戦自の空挺隊の利用は ‥‥ 考えてないわね?
「まだ」
『じゃあ、秋田で追い付けるわよ。多分。そしたら、保安局より
先に捕まえられるかもしれないけど、どうする?』
「あたしは第三新東京に居なくてもいい?」
『そうね ‥‥ 二人がいないんじゃ作戦部長の仕事はどっちにしろないわね。
2 日位なら、東京空けても大丈夫よ。それくらいならこっちの面倒は見てあげる』
「ありがと」
それにしてもシンジ君の努力の賜(タマモノ)でもあるのかもしれない、レイの涙。
そのレイを放って行ってしまったシンジの覚悟、それにアスカ。
彼らはこれからどうするつもりでいるのだろうか?
保安局に連絡がいった以上、彼らはまず 2 日以内に捕まる。
アスカが 7 日も逃げ切ったのは、政治的な要因があったからに過ぎない。
アスカの努力や、保安局の怠慢でないことはもうミサトも知っていた。
へたりこむレイに静かに伝えた。
「作戦部が諜報部を指揮下に収めれば、
今から 1 時間以内に彼らを捕まえることはできる。
ただし、その場合には、別の理由であなたが殺される可能性がある」
ミサトは黙った。レイにその意味するところが伝わるまで。
レイの顔色が変わる。ミサトはあわてて続けた。
「あたしはまだそこまでするつもりはない。
だって、多分、秋田で捕まえられるでしょうから。
でも、もし、もしよ。‥‥
二人が追い詰められて、何をするか分からない、といったような事になったら‥‥」
「その時は私が?」
「うん。‥‥ ごめんね。諜報部を動かすことができなくて」
ミサトはレイに視線を揃えて謝った。
「レイにこんなに辛い思いをさせたあの二人、
さっさと首根っこ捕まえてうんと叱ってやらなくちゃね?
それじゃ、先回りしようか!」
「はい!」