碇君

Author: 神木(version 1.1)

「あの人から許可が下りたわ。今日は碇君を返さないから。そして私と碇君は、 本当に一つになるの ‥‥」

碇君は、でも私の手をひきはがしてあの人を追って行ってしまった。

悲しかった。
とても悲しかった。なぜ?

戻ってきてくれるかもしれないと、ドアを見つめていたけれど。
1 時間? 2 時間? そのままだったけれど。

「碇君 ‥‥」

そしてベッドにうつぶせに倒れ込む。
涙。以前の時はどうして流れたのか知らない。
前見たはずなのに、初めてのような、気がする。

「碇君 ‥‥」

碇君。私の事、みんな知っていて、それでいて、

「もちろんだよ!! 他のみんなと違うなんて、人間じゃないなんて、 そんな悲しい事言うなよ!!」

って言ってくれた人。

「もちろんだよ。それに綾波の私服姿って言うのも、見てみたいしさ」

って言ってくれて、洋服選んでくれた人。

「ごめんなさい、碇くん。これ一本しかないの。だから碇くんに貸したら‥‥」

ごめんなさい。いじわるしちゃったのに、怒らなかった人。

碇司令。私のたった一つの絆だった人。でも身代りの愛しかくれなかった人。 碇君。本当の愛をくれた人。でも行ってしまった。あの人を追って行ってしまった。

プルルルル、プルルルル ‥‥‥‥

電話が遠くで鳴っている。

プルルルル、プルルルル ‥‥‥‥

碇君に嫌われた ‥‥

プルルルル、プルルルル ‥‥‥‥

碇君に嫌われた ‥‥

電話の音は嫌い。受話器を取った。

返事?

「あ、綾波」

私を呼ぶ声。

「綾波、いるんだろ?」

この声は。

「いかり ‥‥ くん?」
「あ、綾波!! ぼ、僕だよ、シンジだよ!!」
「碇君‥‥」
「きょ、今日はごめんね。綾波を置いていってしまって」

涙が電話を濡らす。この涙、知らない。

「あ、綾波?」

碇君は私が嫌い。

「どうして私に電話してきたの ‥‥?」
「え!? そ、それは ‥‥ 綾波に謝ろうと思って」

謝る? 私が。

「綾波 ‥‥ 怒ってる?」

怒る。誰を? 碇君の声。ずっと聞いていたい。

「す、少し、話をしてもいい?」

どうして?

「どうしてって言われても ‥‥ とにかく綾波と話をしたいんだよ」
「‥‥ 碇君は、私のことを嫌いになったわけじゃないの ‥‥?」

碇君。好き。

「どうして僕が綾波を嫌うなんてことが!? 綾波の方こそ、 僕のことを嫌いになってしかるべきだよ!!」

碇君。好き。

「私は碇君が、私のことを嫌いになったんだと思ってた」
「そ、そんなことないよ!!」
「じゃあ、碇君は今までと同じように、これからも私と付き合ってくれるの?」
「うん」

涙。また違う涙?

「う、うん。あ、綾波」
「綾波!」

私の名前を呼んでくれる碇君。

「レイ」

私の名前を呼んでくれる碇君。好き。

「碇君!! 碇君、好き!!」
「碇君、碇君、碇君 ‥‥‥」
「私だけの ‥‥ 碇君 ‥‥」

碇君の声がしない。嫌。

「‥‥ 碇君 ‥‥?」

姿が見えない碇君。居るの? 不安。

「な、何、綾波?」
「これから ‥‥ 碇君のところに行ってもいい?」
「え!? だ、駄目だよ」

どうして?

「もう、夜遅いし、これから出歩くのは危ないよ」

大丈夫。大丈夫だから。碇君のそばに居たい。碇君を見ていたい。

「と、とにかく!! 心配だから、ね!!」

碇君のそばに居たい。

「うん。だから、わかってよ」

でも碇君が困ってる。

「碇君がそういうのなら、私は我慢する」
「あ、ありがとう、綾波」

碇君!

「何、綾波?」
「好き」
「あ、綾波」
「大好き!!」
「あ、あや」

私には碇君だけ。碇君しかいない。碇君じゃなきゃ嫌!!

「お、おちつ ‥」

碇君!

「そろそろ遅いから、電話、切るよ」

え ‥‥

「もう少しだけ ‥‥」
「う、うん、じゃあ、あと一言ね」

あと一言で切れちゃう。

「碇君はレイって言って ‥‥」
「わかった。レイ」

碇君! 声が出ない。

「じゃあ、綾波、おやすみ」
「碇君も ‥‥」

電話が切れた。私はまた、ベッドに倒れこむ。
碇君。電話を見つめる。そのまま。

明日から碇君は私のことを名前で呼んでくれる。
レイって呼んでくれる。おやすみなさい。碇君。... シンジ、君。

翌朝。

碇君の手。声がききたい。碇君の手を引っ張る。 碇君が私を見た。

「な、何、綾波?」

レイって呼んでくれない。

「綾波、何?」

レイって呼んでくれない。

「‥‥ 好き」
「へ!?」
「碇君 ‥‥ 好き」
「好き ‥‥ だから」

また涙。私は先に一人、学校に走る。

碇君!

── FIN.

作者コメント。
かくし EVA 100 話突破記念第 25 弾から文字を直した他はそのまんま。
かくし EVA 86 話のレイ側の裏話である。
以下は書いた当時のメモ:

綾波の話だと、文体に凝らないといけないような気がするのはなぜだ。
それにしても書きやすかった。もとの会話がイイんだろうなぁ。
もとの会話が多すぎ。選びどころ間違えたかなぁ。
すっかり、'いかり' → '碇' が一発ででるようになってしまった。 普通は '怒り' だろう。
それにしても、近くにいたはずのアスカ、 綾波一人称だと、見事に文面から消えてる。
自分で書いていて何だが、書いたあと 86,91 話のシンジ側を見ると、 シンジってやっぱ極悪な奴。
92 話との多少の不整合は目をつぶろう。
86 話との会話不整合? シンジの記憶の違いにきまっている :-)


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