あの人

Author: 神木(version 1.4)

「あの男の事は口に出さないでくれ!!」

碇君は顔を歪めてそう叫ぶ。

あの男、あの人、碇司令。私の、この世とのたった一つの絆だった人。
碇君。本当の愛をくれた人。

二人が争うのは悲しい。司令は優しい。碇君はどうしてそんなに悲しいの?

「‥‥ ごめん、綾波。僕が今言った事は、すべて忘れて欲しい」

嫌。碇君が言ったこと。どんなことでも忘れるのは嫌。 私は三人目。私自身にあの人が優しくしてくれたことはないけれど、 二人目に優しかったことはうっすらと覚えてる。

司令塔にいるときは、絶対に感情を出さないあの人が、一度だけ 「レイ!」 と叫んでくれたことも覚えてる。 あれは二人目の子が N2 爆雷を持って使徒にぶつかった時。

今は。

「さあ行こう。今日、この時の為に、お前はいたのだ。レイ」

今は。この時の司令の目。今なら、分かる。

「私は、何の為にいたの?」

私が再び目覚めた時の、あの人の目。失望で満たされた目。 それも、忘れることは、無い。

「──。でも、碇君。
碇君は違った。人間として、一人の綾波レイとして見てくれた。 これで私は人間になれたような気がした。
でも、それは許されざる事。 道具が創造主と対等になる事は、許されるべき事ではない」

ずっと、そう思ってきた。実際、そうだった。 だから、そういう私が当たり前だった。

あの子は、碇君の何に怒ったんだろう。 どうしてひっぱたいたんだろう。 何故怒ったのか、理解したのかしら?
── あれが始まり。

碇君は一人の綾波レイとして見てくれている。 それは私にとっても何故か心地よい。
でも碇君。私はあの人が本当は嫌いじゃないし、今も私はあの人に呪縛されている。

私は碇君から '疑う' ことを学んだ。

「ううん、これはもう、三人の問題なの。
私はあの人の無聊を慰める、おもちゃにしかすぎなかったの ‥‥?」

私はいま、ようやく考え始めた。
それがどこに続いているのか、私はまだ知らない。

── FIN.

作者コメント。
かくし EVA 55 話付近のレイ側の裏話である。
これが投稿されなかったのはオリジナル部分の少なさからで、 それなりに手をいれたけどなお公開をためらうところがある。
当時、つまり y:x 開始直前の時期はこういうことをやりながら人物を作っていた訳。 短く、しかもけっこ前に書いたのによくみれば e:x に繋がるところもあったりするのが かくし EVA の影響の大きさというやつである。

また、これは Death and Rebirth より前に書かれたものなので、 Air との整合性なんかある筈もない :-)


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