ケンスケの candid photographs

Author: 神木(version 1.1)

綾波の服を選ぶということでトウジたちとやってきたデパートだ、 シンジはともかく俺達の出番なんかない。
ついてきてもしょうがないのは分かっていたけど、 トウジは無理矢理委員長に引っ張り出されるだろうし。 トウジにつきあってやんないと、 ちょっとトウジが不幸にすぎる。 委員長がトウジの面倒を見る形になるのならほっときゃいいんだが、 委員長は惣流にかかりっきりになるだろう ── なにしろ、あの綾波の服を選ぶんだから。

もちろん適当な絵が撮れればなおのこと良い。 狙いはシンジが綾波の服を選んで逡巡する時と、それを渡す瞬間だ。

ところでいつのまにやら惣流と委員長が綾波をほったらかしにして 遥か向こうの方にまでいってしまい、服を胸にあててみたりして二人で遊んでいる。
ったく、あいつらは ‥‥

目をトウジの方に向ければ、トウジやシンジもいいかげん飽きてきたらしい。

「わいらの出番、なしやな」
「うん。そうだね」

うんざり顔で似たようなことを言い合っている。 通路を塞いでの立ち話は迷惑だぞトウジ、とちょっと寄せる。 トウジが飽きるのは当然だ。しかし ‥‥ シンジが飽きるのはへんだよなぁ。
俺は軽く笑った。

「でも、あいつら、綾波のことなんかほっといてるよ」

と綾波に意識を向けさせる。 実際、主役なのにすっかり忘れられている綾波はかなりかわいそうだ。 しかしこういう時にしきるはずの委員長がすっかり気疲れしてしまっているらしい。
もう綾波と惣流の二人をいっしょの所に居させる元気も無いようだ。 さっきもトウジが口を挟まなかったら委員長だけで止められたかどうか? あの二人の和平をとりもつのは大変だろうと思う。シンジはどちらにも甘いから、 ときどき委員長が介入しないことには喧嘩がどんどん暴走するのだろうし。

振り返って綾波を見ればこちらはシンジの服の裾をしっかり握って俯いている。
‥‥ かわいい。もちろんフィルムにおさめた。

「俺達、どうしようか? ここでこうしていてもしょうがなさそうだし」

さて本当にどうしたものか。 要は惣流のいないところでシンジと綾波に服を選ばせる形にできれば最高なのだが ‥‥

「わいらが勝手にどこか行ってしまうっちゅうのも、いかんやろうしなあ」
「じゃあ、僕ら男たちだけで、綾波の服を選んであげようか?」

ようやくこの結論にたどりつく。作戦成功。内心でガッツポーズを決める。 敵の心理を誘導する作戦は最も難しいものの一つである。

「こういう事なんだけど、綾波はどう?」

シンジが尋ねるのだ、綾波が頷かないわけがない。綾波の答えを見てトウジも頷く。 とりあえず別れないか、と言いかけた時、シンジが墓穴を掘ってきた。

「まず、みんなで一つずつ持ち寄ろう。それでどうかな?」

それにしてもついさっき

「写真はどんな時でも撮れるようにしてるんだ。いいものが撮れるようにね」

と警告したばっかりなのに。 いやぁ口滑らした時はひやっとしたけどすっかり忘れている。よかったよかった。

トウジと別れ、シンジの後をつける。 当然というかなんというか綾波はシンジのあとをぴったりくっついて歩いている。 シンジも自分でインプリンティングがどうとかこうとか言っていた (あれを聞いた時には本当に驚いた) 割には綾波の行動パターンが分かっていないな、 などと思っているうちに、適当な配置につく。 撮影潜伏ともにパーペキだ。おもわず陶酔してしまった。 いかんいかん。頭を振って、耳をそばだてる。

「もう、誰も見てないわ」

悪いね。ここに覗いている人がいるよ。姿勢を低くし、単に見回しただけでは視 野に入らない。このほかいろいろと盗撮のノウハウがあるのだが、もちろん軍事 機密にきまっている。あしからず。
いや、一つだけヒント。ここはカーテンで仕切られている ──

「ここなら碇君も恥ずかしくないでしょ?」
「そ、そんな事言っても ‥‥」
「私は碇君と二人っきりになれる、こうした時間を待ってたの」

あれ? 予定と違う。単に後くっついてるだけだと思ったんだが ‥‥ まずい、 カメラ一つじゃもったい無い。あわてて予備のカメラを取り出す。 表情アップと全身像用だ。最近のカメラはけっこう拡大に耐えるとはいえ、 やはりアップはそれ専用に撮りたい。 トウジ達はその辺のことが良く分からず、数を持ち歩くたびに眉を顰める。 何度説明しても分からんのは不思議だ、っと、
シンジの顔色が変わった。真っ赤になっている。何の話だ? ‥‥‥‥! キスの話か。 そういやシンジの奴、僕は恥ずかしがりや、とかなんとかいってたからな。 綾波ってばそれを真に受けたのか。なんて素直な奴。 あの時の惣流の様子を見ていれば分かる。 もはやシンジが心を惣流に決めたらしいのを。

綾波がシンジに迫ったあの時、 この二人ではなく惣流の方にカメラを無意識のうちに向けていた。 それほど穏やかな表情だったのだ。 (このときに使ったのは予備に持って来ていたスチルカメラだ。 ビデオを回す余裕はなかった)

少なくとも、 綾波がシンジのそばにいるときに惣流がこれほどきれいな表情をしたことはない。 最高の一枚になるだろう。 だいたい、惣流で二度と商売する気をなくさせるような顔だった。 いままでの写真も他人に売り渡したくなくなるような。

こういう偶然の産物を月例コンテストに投稿するのは自分のプライドが許さないが、 これで文化祭の写真展示の目玉は決まった。
‥‥‥

などと回想していると、

「やっぱり碇君は恥ずかしいの?」
「うん ‥‥ ごめん、綾波」
「じゃあ、何ならいいの?」
「うーん ‥‥」

しごくもっともな会話が目の前に展開されている。 シンジが優柔不断なおかげでいろいろな絵が撮れたこの三角関係だが、 こういう時はすこし恨めしい。 あまり時間が掛かるとアリバイ工作のために服 (防弾チョッキに決まっている!) を買ってくるヒマがなくなってしまう。

すると、綾波が二言三言何か告げていきなりシンジに抱きついた、のではないな、 シンジを抱え込んだ。 よく妊婦が旦那を、子供の心音が聞こえるようにかかえこむ姿勢、とはちょっとちがうな。 あの姿勢だと聞こえるのはせいぜいがとこ綾波の心臓の音だ。 (あたりまえだ。いつの間に綾波に子ができた?)

恋人というよりは聖母といったカンジだが、綾波の表情もそれに近い。 ‥‥ ちょっとシンジが照れまくっていておもしろみに欠けるのだが。うーん、 ここで "穏やかな表情" をしてくれれば決まるんだがなぁ ‥‥ などとカメラを向けながらしょうもないことを考えていると、 願いが通じたのか自然にそんな気分になったのかは知らないがシンジも目を閉じて、 安らかに眠ってしまった。

こうして見ると、どっちが親かはともかくこの二人は親子という雰囲気の方があうようだ。 惣流とシンジだと長年のつき合い、という絵が多いのだが。

おやおや。シンジはそれまで綾波に抱かれるにまかせていたのだが、 ついに感きわまって自分から抱きついてしまっている。

シンジってやっぱり、優柔不断な奴。 さっき惣流に告白かなんかしてきたんじゃなかったのかねぇ。

だいたい満足した絵が撮れた。スチルに至ってはフィルムを使いきってしまった。 予備に、と持って来ただけだからフィルムの予備はない。無念だ。 ほふく前進で試着室を抜け出し、のびをして一息つく。 さてアリバイ工作の買物だ。フィルムも買っておこう。

今日は最高の写真日和だ。

── FIN.

作者コメント。
かくし EVA 100 話突破記念第3弾から少し手直しした。
かくし EVA 77 話付近のケンスケ側の裏話である。
投稿したものは神木の処女作でもあるけど、 ... 読む気せんな、やっぱ^_^;
なんか読んでて胃が痛くなる。
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