ようやく紗南に追いついて、風花がなじった。 「紗南、なんでや、なんで誰にもゆえへんかったんや?!」 「風花... みんな...」 「待ってたんだよ? 紗南ちゃんが学校に来るの...」 剛が責めるように悲しく叫ぶ。 「待ってたんだよ... 紗南ちゃん」 「ごめん... みんな ... ごめん」 「いつごろ、いつごろ帰れるんや!? 紗南!」 「わからないの ... 今回は。分からないの ....」 「はよ帰ってきいや? 紗南、はよ帰ってこいや!」 「ん ...」 「まっとるで?」 「うん」 風花の言葉に紗南はしっかりと頷く。 搭乗口ムービングロード脇の、見送り人用歩道の末端。 そこに四人は居た。紗南と加村の二人は、その横をすでに少し通りすぎていた。 紗南は加村から一歩後ろに立ち、そして後ろをふりかえった。 風花は紗南を見つめていた。紗南も風花を見つめていた。 自分から離れ逃げようとする紗南をまのあたりにしつつ 引き留めたくない思いもある風花。 どこまでも自分を責め続ける紗南。 大親友だったのにと思い、口にしたいことはいっぱいあるのにと思い... けれど、声にすることは無かった。 その時。 紗南の視線が風花の右にすっとずれる。何時の間にかそこには羽山が来ていた。 羽山もまた、紗南のことを見つめていた。隣に風花が居るのにも気がつかずに。 風花が居るのを忘れたように見つめ合う羽山と紗南。 その瞳から、風花は紗南がまだ秋人のことを想っていることを知った。 本人はそうは言わないだろうけれども... 遠ざかる紗南に、手摺に身をのりだす羽山。 そんな羽山の左手にそっと自分の手を重ねる風花。 重ねられても、その手は動かない。羽山の視線も動かない。 風花もまた、それ以上のことを羽山に求めなかった。 ただ、手を重ねたまま唇を一文字に閉じて紗南を静かに凝視していた。 紗南は羽山だけを見つめていたけれど、風花が羽山の手に手を重ねたことは知っていた。 羽山がどうするのかと、ただ羽山の眼を見つめていた。 羽山が紗南から眼を離さずに風花の手を握り返した時。 紗南はそれを当然のことだと自分に言い聞かせつつ、 羽山から眼をそらして前にむきなおった。 これは紗南自らが招いたことであり、そして自分から羽山の手を振りほどいたにせよ。 それでもやはり悲しかった。顔を上げることはできなかった。 羽山が風花の手をとった瞬間に驚いて眼を見開いた自分、 どこかになお羽山に期待していた自分がいたのを知った苦みさえ、どうでもよかった。 加村はそんな無言のやりとりを横目で眺めていた。 羽山が紗南でない娘の手を握り返すのも見た。 そっと紗南の手をとる加村。 顔を上げる紗南に、僕が居るよと、眼で答えて。 そして加村は羽山を正面から見つめる。それにつられるように紗南もまた、 しっかりと顔を上げて、手をとりあったままの羽山と風花に向いた。 「羽山は風花を ... 選んだんだ」 そして二人は、もう後ろを振り返ることはなかった。 見送る二人は手をとりあったままそんな二人の行く末を見つめていた。 振り返ってくれることを期待していたわけではなかったが.... 紗南の乗ったニューヨーク行きの飛行機が離陸する。 羽山は独り、その離陸を眺めていた。 考えるのは苦手だった。 紗南は好きだった。今でも好きなんだと思う。 それでも、風花の手をとったことが間違いだとは思わない。 割り切ったつもりでいる自分が、しかし今どういう顔をしているか、 羽山は知らなかった。 置いてきぼりの仔犬のような表情をしていたことを、 紗南も、そして風花も知らなかった。 66 話 完