Genesis y:16.3 牽制
"During her absence"


「おい、ケンスケ」

トウジは通りの反対側にシンジとレイを見つけて、 ケンスケの袖を引っ張った。

「なんだよ」
「ほら、あれ」

二人とも制服のままなので、すぐ分かる。

「あいつら ‥‥」
「惣流をおくった帰りかい。学校さぼって ‥‥ シンジの奴もやるじゃないか」
「だな」

ケンスケはビデオを取り出して、構えた。

「つけるぞ」
「お前も、すきだなあ ‥‥ そういうの」

トウジは呆れたが、ケンスケのあとをついて歩きだした。
他にやることもなかったから。


シンジが自分の席につくと、ケンスケとトウジがやってきた。

「おはよ」
「ああ。せんせ、昨日は、午後から学校来るんちゃうかったんか?」
「昨日は飛行機が出るのが遅れちゃって」
「で、綾波とデートしてたって訳か?」

シンジには、ケンスケの眼鏡が光ったような気がした。

「ち、違うよぉ」

手を振って否定する。
ケンスケがシンジの前の席に座り、ディスクを一枚取り出した。
シンジの目の前にそれをかざす。

「さて、碇シンジ君。このディスクには何が入っていると思う?」
「え?」

二人を交互に眺めると、 何やらケンスケとトウジの二人とも意気込んでいる。

「このディスクには、昨日、某時刻、某所で撮影されたものが入っているんだがね」
「うん」

嫌な予感はするものの、話は聞こうと頷くと、
二人とも鼻白んだ ‥‥ らしい。
表情がこわばった。

「某所というのは、ショッピングセンター、某時刻というのは ‥‥」
「わあ」

シンジはようやく思い当たった。二人が何を言いたいのか。
ディスクをひったくって抱え込む。

「ふむ。そんなにまずいものが映っているのかね? ‥‥ このディスクには」

ケンスケがおもむろに別のディスクを取り出してきた。
シンジが持っているものは、偽物ということ。
シンジは、自分が罠にはまったことをようやく悟った。

「ケ、ケンスケ」
「幾らでなら買う? もちろん、商談が成立しない場合には、 お前のおばさん経由で惣流に送らせてもらうが」

ケンスケがアスカの写真を売り捌いていることは知っていたが、 自分まで巻き込むとは思っていなかった。
抗議の声。‥‥ 多少、弱々しいかもしれない。

「ケンスケ ‥‥ あまりそういうことやってると友達なくすよ ‥‥」
「お前に言われたくないぞ。シンジ」
「うー ‥‥」

昨日の帰り道のことを思い起こす。アスカの手に渡ると怒られそうなこと ‥‥
二人で帰ったことは知っているのだから、別にないような気もするし、
寄り道したということは、全部まずいような気もする。
シンジが悩んでいる脇で、ケンスケとトウジは頷きあった。

「トウジ」
「おし」

シンジの後ろに回っていたトウジがいきなり首を絞めてきた。

「こら、昨日、何があった! 一部始終、吐け! 吐かんかい!」
「ト、トウジ苦しい ‥‥」
「ちょっと、止めなさいよ、二人とも。碇君、本当に苦しそうよ」
「あ、いいんちょー ‥‥」

ケンスケが弁解しかけたトウジの手を抑える。

「委員長。シンジな、惣流おくった帰りに綾波にデートしてたんだ」

救いの神が一瞬にして、敵に回る姿を見た、とシンジは思った。

「ちょっと、碇君! それどういうことよ!
別にするな、なんて言わないけど、
帰り道って、その日のうちになんて、アスカ可哀相じゃないの!」
「だ、だから、飛行機が出るのが遅れて、時間が中途半端になって、
ちょっと寄り道しただけだってば!」

首を絞められながら、周囲に助けを求めると、レイと視線が合った。

「あ、綾波、助けて」

三人ともレイを見る。
レイは順繰りに四人の顔を眺めて答えた。

「だいたいあってるわよ。碇君が最初、言い出したのは『本部に行こうか?』
だったし。ショッピングセンター行こうって言い出したの私だもの」

ケンスケとヒカリの二人が同時にシンジに振り向いた。
そのタイミングがぴったり同じ、ということにシンジは感心した。
その表情もみんな同じ。「呆れた」と書いてある。
‥‥ 後ろにたつトウジもそうかもしれない。そういう空気。

「おい、せんせ ‥‥ お前、
デートの行き先に、本部 ‥‥ か?」
「鈴原、一応、あたしが誤解してるといけないから、訊くけど ‥‥
本部って何かあるの?」
「いや ‥‥ たいしたもんあらへん ‥‥ 少なくとも女連れで行くような所は」
「シンジ ‥‥ お前のそのセンスは一体 ‥‥ ?」
「だ、だから本当に時間が余っただけだってばぁ!」
「ほう、そうかね。碇シンジ君。その言葉を、
綾波の目を見たままもう一回、復唱してみようか?」

トウジが無理矢理シンジの首をレイの方に向けさせた。

「あ、綾波 ‥‥ だから、本当に ‥‥」

レイはシンジを無表情に見つめているだけだったのだけど。
シンジの言葉は次第に小さく聞こえなくなっていく。

「決まりだな。このディスクは惣流に送らせてもらうよ。碇シンジ君?」


シンジを解放したあとで、ケンスケは思う。

跡をつけるつもりでいたケンスケだが、実際には、何故かあっさり撒かれていた。 ケンスケ一生の不覚。

綾波の纏う空気の変化。
この結果として、綾波の写真の売行きが伸び始め、 惣流の写真のと肩を並べるところまできていた。

惣流の帰国によって、新しい惣流の写真の供給は無くなった。
綾波一人となった今、綾波がシンジとつき合うようなことになっては 写真の売上に影響する、そういう思惑からの、牽制。

シンジの様子を見るかぎり、おおむね成功したようだった。


作者コメント。 16 話の補完。 y:16.1 より前の話である。番号付けも無茶苦茶である。 その上、話の構造が 16.1 そっくりである。
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