Genesis y:16.1 2016 年 2 月 13 日
"Whose?"


「せんせ残念やったねぇー」
「どしたのトウジ」
「惣流からチョコ貰い損ねそこねたな、っていいたいのさ。トウジは」
「そうそう。今は遥か遠くのドイツの下。いまごろは別の人に贈ってるかもよぉ」
「へんなこと言うなよ。アスカが日本に居たって、そんなのくれる訳ないじゃないか」

少し赤くなりながらシンジは抗議した。

ピポッ

「あ、メールが来た。誰からだろ」

二人のからかいから逃れる天の助け。 シンジは自分の席に戻ってメールを開けたところで
‥‥ 手が止まる。

「‥‥」

シンジが硬直したのをいぶかんだ二人も横からシンジの端末を覗いて固まった。


From: asuka@de.nerv.un To: shinji@tokyo3-jh.ac.jp あんたんとこにひとつ送ったからね! あんたもこっちの習慣に合わせてなんかよこしなさいよ!
トウジとケンスケは顔を見合わせて、

「せんせ ‥‥」
「シンジ、おまえって奴は ‥‥」

トウジはシンジをスリーパーに決め、ケンスケはシンジの脇をくすぐりはじめた。

「碇君」
「きゃは、や、やめて ‥‥、何、綾波」
「チョコレートの作り方教えてくれる?」

綾波が? あまりの意外さにトウジの力が緩み、 その隙にシンジはトウジの腕の中から逃げ出すことができた。
ケンスケも呆然としてレイを眺めている。
一息ついて、シンジはレイに問い直した。

「なんで僕‥‥ そんなの委員長にでも尋けばいいんじゃない?」
「うん。本当ならそうするんだけど‥‥」

目を伏せるレイ。顔が笑っていたのは三人とも気がつかなかった。

「ヒカリ今日ぼーっとしちゃって返事してくれないの」

トウジがヒカリの方を見れば、確かに様子が変。

「めっずらしいこともあるもんやなあ‥‥ あのいいんちょーが?」
「だから、碇君に聞こうと思って」
「ま、いいか‥‥」

ヒカリの様子を見て、シンジもレイの言い分に納得した。
いずれにせよ、アスカに何か贈らなければいけないことにもなっている。
チョコレートでいいだろう、と思う。

「じゃ、帰り買い物ということで、どう?」
「ん、わかったわ。じゃ放課後」

シンジが、レイが離れて行くのを眺めているとトウジが絡んで来た。

「せんせ‥‥ それってデートとちゃうん?」
「そういうのとは、違うんじゃない?」
「そうだよ、トウジ。綾波が誰に贈るんだか考えてみたか?」
「そらせんせにきまっとるやないか」

なにをあたりまえのことを。トウジは呆れ顔。

「でもさ、贈る相手に作り方教わるか? 普通‥‥」
「そういえばそうやな。しっかし、せんせ以外に贈るのに、せんせに頼るか?」

それもそう。三人とも首を傾げた。

「今日だったのはただの偶然で自分で食べる、とか?」
「あ、もしかしたら僕の父さんか、副司令かも‥‥」

もっとも、 父親が喜々としてチョコレートを食べるところはシンジには想像つかなかった。

「お隣さんの? あ、それはあるかもしれないな」
「ところでなんや、その『僕の父さん』ってのは?」
「綾波ってなんか僕より、父さんと仲よくって‥‥」
「そうか。じゃその辺かもしんないね。いずれにしろ、同年代のに贈るのに、シンジ に教わったりはしないだろ」
「ま、そんなとこやな」
「あーあ。それにしてもシンジもトウジも貰えるのに、俺だけかよ ‥‥」

結論がでたところで我が身を振り返ったケンスケが嘆いた。

「なんでわいが?」
「トウジは委員長から貰えるじゃないか。今日委員長がぼーっとしてるって 要するにそういうことなんじゃないの?」

トウジは昼の弁当の中にチョコレートが入っている図を思い浮かべて、顔をしかめた。

「それは、‥‥ かなわんな‥‥」

この一言にはケンスケはもちろん、シンジも力が抜けた。
ケンスケは一応、感想を同じくしたらしいシンジに話を振った。 トウジにつきあっていたのでは身がもたない。

「ところでシンジ。おまえ、チョコレートの作り方なんか知ってるの?」
「ミサトさんのビールのつまみに時々作らされた‥‥」
「せんせー‥‥ 案外、不憫な奴だったのね ‥‥ ミサトさんからは貰う機会一度もなしやし」
「ミサトさんのチョコレート、手作りだったら全部トウジにあげたよ。 冗談じゃないよ、そんなの」

まったく冗談ではない。シンジは語気を強めて断言した。


「で、あとは待つだけ。ところで綾波は誰に贈るの‥‥ って訊いちゃいけない、ね」
「それは明日のお楽しみ」
「へ?」


レイを送った帰り道。シンジは自分も作っていた理由を思いだして、青くなった。
まずい。

「そうだ、アスカにも送っとかなきゃ。今から送って ‥‥」

届く迄にかかる時間を勘定する。 一度も使ったことのないネルフ専用の特急便を使うとして。

「時差があるから間に合うか。よかった ‥‥」

間に合わなかった時のことは考えたくもないシンジ、 初めてネルフに居てよかった、と思う瞬間だった。


翌日、2016 年 2 月 14 日。

レイは 2 時間目から登校してきた。

「綾波、どしたの?」
「ん、本部にね、ちょっと」
「あ、やっぱり」

シンジ、トウジ、ケンスケの三人は、 昨日の自分達の予想が当たったことに満足して顔を見合わせた、その傍ら。
レイは鞄を開けてきれいにラッピングされた小箱を取り出した。

「はい。碇君」
「!」
「せんせ!」
「なんだやっぱりシンジなんじゃないか‥‥」

驚くトウジと肩を落すケンスケ。シンジはその小箱を見つめてつぶやく。

「違う‥‥」
「違うって何が?」

それには答えず、シンジはレイを見上げて問いかけた。

「これ、家で作ってたのと違う‥‥ よね? こういう大きさじゃなかった」
「うん。家に戻ってからもう一度作ったの。 レシピ全部まるごと覚えておくの大変だったんだからね」
「じゃ、家で作ったのは‥‥」
「それは碇君と私からって、碇司令と副司令に渡したの」
「‥‥」
「そんな不思議そうな顔しないの。 ユイさんからの分も私が持って行ったんだし、けっこ好きなんじゃない?」
「父さんがチョコ‥‥ 父さんがチョコ‥‥ 父さんがチョコ‥‥ 父さんがチョコ‥‥」
「あれ?」

想像するだけと違い、事実と分かるとそれは重かった。 その重みにシンジは潰されてしまっていた。


作者コメント。 Evangelion Genesis y:x 16 話の頃の アスカがドイツに居る時の話。 y:16 は、まだ出来てないけど....
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