Genesis y:14.1 変化
"Your name"


ドタドタドタドタ ‥‥‥‥‥
ものすごい音を立てて駆け出していくシンジの後ろ姿を眺めながら、 ヒカリがため息をついていると、後ろから声がかかった。

「おーい、いいんちょー、シンジの奴どないしたんや?」

トウジの声。ヒカリは振り向いてトウジの方を見る、 その一瞬、レイの姿が目に入った。
レイもまた、ヒカリの方を見ていた。
そんなレイを見て、ヒカリは以前、アスカがレイのことを、

「大丈夫! シンジの一万倍は人とのつき合い方知らないから!」

と決めつけていたのを思い出した。

今、アスカのことを心配して飛び出していった碇君。 あの時にくらべれば、二人はずいぶん仲良くなったように思う。
レイもずいぶん変わったように思うのは ‥‥‥

トウジはレイのことを今はどう思っているのだろうか?
しばらくヒカリはトウジを見つめながらそんなことを考えていた。

「いいんちょー?」

トウジが黙りこくったままのヒカリに首をかしげた。

「‥‥ !」
「? おい、ケンスケ。何か、わい変なことゆーたか?」

突然ヒカリが身を翻してそのまま駆け出して行ってしまったのに トウジは驚いた。

「さあ? でも気になるなら追いかけたら?」

なんにしても、トウジが慰めにでもいくしかないところ。
首を捻りながら、 それでも一応ちゃんと追いかけていくトウジを見ながらケンスケは思った。


トウジは一応、見失わずにヒカリを追いかけることに成功した。
左足の義足、この程度に走るくらいならまったく問題はないらしい。
屋上で追いついた。

「いいんちょー ‥‥
わいが悪いこと言うたんなら謝るけど」

ヒカリはフェンスにもたれかかっていた、その後ろ姿にトウジは話しかけた。

「‥‥ 違うの」

トウジに向き直ったけれど、顔は下を向いたまま。

「今日、アスカ休みでしょ ‥‥
碇君がね、アスカのこと心配で早退することになったの ‥‥
何だか ‥‥ アスカがすごく羨ましくて ‥‥ 鈴原の顔見てたらつい ‥‥」

何のことだか良くわからないままだったが、トウジはとりあえず言ってみた。

「いいんちょー? わいだっていいんちょーが休みだったら心配位するで」

ヒカリが顔を上げた。無理矢理な笑顔。

「鈴原のは、お昼の御弁当の心配でしょ?」
「そないなことあらへん!
いいんちょーはわいが、 いいんちょーが休みん時にくいもんの心配するよーな男と思うとったんか!?」
「‥‥ ごめん。鈴原。ちょっとあたし、おかしいの ‥‥
いっぱい鈴原のこと傷つけちゃいそう ‥‥ 独りにしておいてくれる?」
「いいんちょー ‥‥ 何や知らんが ‥‥ 腹ん中ためるんようないんちゃうか?
わいを傷つけて、気がすむんやったら、いくらでもやったらええ ‥‥
普段の弁当の借りは返さにゃ」

トウジは胸を張った。

「‥‥ じゃ、さ、一つお願いがあるの ‥‥」
「何や」
「‥‥ あのね、‥‥ アスカたちって名前で呼びあってるわよね」
「そうやな。けっこう恥ずかしいやっちゃな」
「‥‥ やっぱりいい ‥‥」

トウジの言葉を聞いて、口を開きかけていたヒカリは目を伏せた。

「いいんちょー ‥‥ 途中でやめんなや」
「‥‥ ん、鈴原 ‥‥ 二人だけの時だけでいいから、 ‥‥ 名前で呼んでくれる?」
「う」

おもわずトウジは一歩ひきそうになってしまった。ヒカリの手前、 かろうじて抑える。

「いいんちょー ‥‥ そな、せっしょうな ‥‥ そないなこと、わいに ‥‥」
「ごめん、やっぱりダメだよね ‥‥」
「わかった! 二言はない!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ヒ、ヒカリ、‥‥」

胸を張ってはみたものの、蚊の鳴くような声。 でもヒカリにも聞こえた。

「‥‥‥‥‥‥ トウジ ‥‥ ありがと ‥‥」

結局、このあとも(二人だけの時も)、
「鈴原」「いいんちょー」と呼びあっていたけれど、 ‥‥ それでもトウジが「委員長」と呼ぶ時、時々は気まずそうに一瞬口ごもる、 それが唯一つ変わったことだった。


作者コメント。 y:14 の冒頭からの外伝だけど、... 一時間目の授業はどうした? 特に委員長 .... ?
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