Genesis y:0.2 祈り
"His balance sheet I"


ネルフ、ドイツ支部の執務室に電話のベルが鳴り響く。
この部屋の主、デュナンは電話が嫌いだった。
この部屋に直通する電話には、 圧力をかけてくる以外の電話がかかってくることはめったになかったから。

『デュナンか?』
「碇か? 使徒の相手は大変だろう?」
『ああ。それでだ、参号機が欲しい』
「おい。それは筋違いというもんだ。アメリカの連中に言え。
そういうことは」
『いや。君達がいま持っている S2 機関。 あれをアメリカの連中に貸してやれ』
「あんなものを? 連中が触れるようなしろものじゃないぞ? 暴走でもさせたらどうなると思う?」
『かまわん。データはこちらの手にある』
「‥‥ まさか、碇 ‥‥」
『それ以上は口にするな』
「分かった。しかるべき手続きの後にアメリカ第二支部に貸し与えることにしよう」
『それでいい』

わざわざ手持ちの S2 機関を捨ててまでのこの計画。

「碇の奴、そんなに目障りなのか?」

使徒の襲来が明らかになったここのところ、 ネルフ本部とゼーレあるいは人類補完委員会とのあつれきは、 頓に耳にするようになっていた。
特にアメリカ支部はゼーレ寄りで知られ、ことあるごとに本部の邪魔をしていた。

「それとも、それほど建造中のエヴァ二体が欲しいのか?
そんなに追い詰められているのか?」

本部が単に参、四号機をよこせと言ってもアメリカ支部がそれを聞く筈はない。
エヴァを捨てさせる決心をさせる程の事件か事故でも起きないかぎり、 アメリカのエヴァが本部の手に入る訳はなかった。

「しかし適格者はいまだ 3 人しか見つかっていないはず」

もっとも、三人目の発見のタイミングが良すぎることを疑ってはいた。

「もう当てがあるということかもしれんな」

ゼーレからの圧力、あるいは対立の様子、あるいは碇の内心か。
いずれかがアメリカで近い将来、起きる事件の対応によって分かる。

「ふむ。悪くない ‥‥ 碇とつき合っていくのもなかなか大変だな」

心のうちを明かさない碇ゲンドウという人間とつき合っていくには、
こういうところで目を見開いていなければならなかった。


「S2 機関を貸せ?」
『おおむね、修復が終ったと聞きましたが』
「確かに修復は終っているが。どうするつもりかね?」
『ドイツの弐号機は今は日本ですね?』
「そうだ」
『ならば我々の参号機、四号機に、 その S2 機関を搭載実験してみたいのですよ。
弐号機が無いなら、この実験はドイツではできないでしょう?』
「それもそうだな。速やかにそちらに送ろう」
『御協力感謝します』


アメリカ第二支部に S2 機関が送られて間もなく。

「しょ、消滅?」

また派手にやってくれたらしい。

「はい。アメリカ第二支部が消滅しました。衛星からの映像で確認。
半径 89 km 以内のすべての建造物が、 その痕跡も残さず蒸発しています」

とすると、エヴァ四号機は ‥‥?

「第二支部には、確かエヴァンゲリオン四号機があったな?」
「その痕跡も発見されず、とのことです」
「原因は?」
「それが、‥‥」

作戦部のルーが珍しいことに口ごもっている。

「ん? どうした?」
「うちが貸した S2 機関をエヴァ四号機に装着中の事故らしいです。
内部資料での計画表によると ‥‥」
「そうだろうな。あそこでそれだけの爆発を起こせるのは、 それくらいしかないだろう」
「それに関して、アメリカ第一支部がうちを非難してきています。
データの隠蔽があったということで」
「クラッカーの巣窟の第一支部が何を言う ‥‥
返事だけは出しとけ。うちに非が無いことは連中が一番よく知ってるさ」

二人は顔を見合わせて笑った。
第一支部のクラック被害に遭っていないのは、マギを擁する本部と、 第一支部に匹敵するハッカーを擁するこのドイツ支部だけだった。
彼らがドイツ支部から盗ったデータはすべてダミーのものにすりかえられている。

「では。失礼します」

執務室に一人取り残されたデュナンはつぶやいた。

「さて、四号機まで失ったのが碇の計算外かどうか ‥‥ だな」

諜報部に連絡をいれる。

「マルドゥック機関の動向に注意しろ。
近々、四人目が現れるかもしれん。
‥‥ それと、五人目を隠すような動きもあるかもしれんが、 それを見落とすな」

四号機に搭乗させる予定の人間が余る。
既に選定済みならば、その処置が必要になるだろう。
近々八号機以降の製作が始まることが決っていたから、
鵜の目鷹の目の連中にチルドレンを奪われないための処置が。

「まあ、四号機は、もとから覚悟のうちだったろうがな」

受話器を戻しながら、デュナンはつぶやいた。


参号機の移送の事の次第を監視していた諜報局から連絡が入った。

「参号機を使徒として処理? それはそれは ‥‥」

さぞかし碇は無念であろう、とデュナンは思う。
S2 機関とひきかえに手に入れたつもりの参号機、 実際に手にしたのは使徒付きのスクラップ。 典型的な骨折り損のくたびれもうけ。

「参号機が日本に着くのに前後して発見されたフォースチルドレンですが、 重傷を負うも救出された模様。
それと、サードチルドレンが碇司令の処置に異議を唱え、反乱。
現在、幽閉されています」
「‥‥ 碇が何かやったのか?」
「フォースチルドレンが乗っていることを知りながら、 サードチルドレンが乗った初号機に参号機を処置させた、 ということに反発してのようです。
‥‥ もう通信回線全開で怒鳴っていましたから、 盗聴していた連中は皆このこと知ってますよ。きっと」
「待て。サードチルドレンが乗った初号機を、外部から制御したのか?」
「はい。ダミープラグ、実用化段階に入ったようですね」

本部の技術に畏れを抱く技術部の面々に、デュナンは内心、鼻で笑った。
それならタイミングよくフォースチルドレンが発見されるはずがなかろう ‥‥

「サードチルドレンの子供に振り回されて、 やむなくというところじゃないのかね」

本部の力の限界、見たり。
いまなら本部は支部まで目が行き届かないだろう、
ということでゼーレにひとつ擦り寄っておくことにする。

「この間、マギが使徒に侵された件、ゼーレにリークしとけ。
‥‥ うちがついでに侵入してたことは漏らすなよ」

使徒がマギに侵入した時、マギのブロックがしばらく甘くなった。
使徒がドイツまでクラックする気配を見せたので慌てて閉じたとはいえ、
マギに侵入できたおよそ 10 秒間のあいだに手に入れたデータは今も有効に利用されていた。



一月後。
立て続けの、バルディエル、ゼルエル、アラエル、そしてアルミサエルの襲撃。
アラエルを仕留めるのに槍を使ったことにも驚いた(感心もした)が、 アルミサエルを叩くのに、零号機が自爆したのには、 そろそろデュナンの顔も青くなってきていた。
期待の参号機は手に入らず、弐号機パイロットを失い、零号機を失い、 切札の槍も無い。
いまや戦力は初号機ただ一つになっている。
そんな時、フィフスチルドレンの監視グループから連絡が入り、 デュナンは他人事とはいえ、ほっとした。 これで弐号機も使えるようになる。 さすがの碇も冷汗たらしてフィフスチルドレンを用意したにちがいない。

「しかし、まさか成果があるとは思わなかったな」

フィフスチルドレン探査の監視はもともと、 四号機パイロットがすでに見つかっていた場合のもの。 四号機を失ってすでに一ヶ月。 動きがなかったのでパイロットはまだいないものだと思っていたのだが ‥‥

「フィフスチルドレンが補完委員会の手もとに?」

デュナンは驚いて振り向いた。

「はい。この件に関してマルドゥック機関は動いていません」
「‥‥ それは変だな。セカンドチルドレンが失踪している以上、 碇は早急に代わりの人間が欲しいはず。 マルドゥック機関に連絡がいってないとおかしいだろう ‥‥」
「いえ、セカンドチルドレンの居場所は、 どうやら本部は押えてあるようです」
「セカンドチルドレンの居場所を知っていて、呼び戻していない?」
「はい」
「なら、そろそろ呼び戻すか ‥‥ な?
私ならそんな他人が用意した得体の知れないフィフスチルドレンを乗せる位なら、 セカンドを呼び戻して乗せておくが」
「しかしセカンドチルドレンは ‥‥」
「乗せても動かんか? 動かんでもいいのさ。席が塞がっていることが重要だ」
「は」
「しかし、それでは戦力が増えん。 碇の考えていることが分からんな。まあいい。
で、このフィフスチルドレンとは何者だ?」
「一切不明です。すべての過去が抹消されています」
「‥‥ 表向きはだな。マギの中には?」
「たいして関連するものはありません。抹消理由も含めて、 128 通りの推測が提出されています」
「一番確率の高いものと、我々にとって最悪なものの推測を示せ」
「ファーストチルドレンと同じく、 誰かをサルベージしたクローンである可能性がもっとも高く 12.1% ‥‥」
「最悪なものは?」
「‥‥ 使徒、の可能性が 0.073% あります」
「使徒 ‥‥?」

デュナンは喘いだ。

「本部に対抗手段はないんじゃないのか? 碇はどうするんだ?」
「そのまま受け入れるつもりのようですが」
「‥‥ 本部の中で戦争する気か? あの自信過剰め ‥‥
ひとつ間違えばサードインパクトが待っているんだろうが ‥‥」

委員会になぜ使徒がいるかということも問題かもしれないが、
それよりも今はっきりと委員会がネルフ本部の敵にまわることの方が大きい。
各地のエヴァンゲリオンは本部の手に渡らないどころか敵になる可能性すらある。

「本部の弱体化に協力しすぎたか ‥‥?」

ここのところは伍号機、 六号機のパーツを本部に輸送するのに協力していたが、 その程度では手遅れかもしれない。

デュナンは目をつぶった。

この仕事についてから、彼は「神」に祈ったことはない。
今、ひさしぶりに祈る。
せめて、いま暫く使徒を現さないことを。


しかしフィフスチルドレンはタブリスだった。
そして、碇は「それ」を処理した。


作者コメント。 外伝なのに何故か次回予告がある。 次回予告 新ミュンヘン市建設中に舞い込んだ一本の電話が デュナンへの踏み絵となる。 次回、「旗色」
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