Genesis a:2 「事の始まり」
In the Room


これまでのあらすじ:
いまや補完計画が失敗に終わったことをキール議長らは知った。 地上に戻るという選択肢はありえない。この世界に留まれるかどうかも知らぬ。 やや呆然とした体で一体化したモノリスは地上を眺めやった。

そう望めばいつでも形を取り戻すことが出来る ── そう望めば。 多くの場合、人々は(一時的にせよ)補完世界に取りこまれたこと さえ意識していない。したがって世界は崩壊の道を辿りつつも、 まだ、そこにある。

ふとモノリスの周囲の空気の色が変わった。

「‥‥‥‥ ?」
「いや。まだ鍵の一はこちらの手にある」

彼女の声はキールに届かず、彼は取り巻く感情の色に答えた。 空気に苦笑が混じる ──

「時間はある。ふん、彼等の方こそ 3 日も経てば」

畢竟、補完とは個性の消失である。 自分の名さえ数字に書き換えてしまったモノリスに現在の状態の維持は さほど困難なものではない。 揶揄半ばする言葉に彼女は地上に目を向けた。 片方がようやく目を覚ましたらしい。半身を起こす。

「!」

二人は驚愕した。少年が見たものを二人とも見たのだった。 キールは彼女に問いただそうとして、止めた。 ゲヒルン時代の口調に戻って問い直す。まだ、新参者の存在せぬ時代の ‥‥

「貴様にとっても、予想外だったということか?
‥‥ 補完始動の今もなお、あれがいたことが?
姿を現わせ、我が一族の愛娘よ。
お前の遺志に背いたことは認めよう。 しかしあれはあの男のせいでもあるのだぞ。 お前の見立ては正しかったが、正しすぎた」
「時の流れを跨ぐにしてもそれはインパクトの時よりも過去にしかいけません ‥‥」

声が明瞭に返ると同時に彼の前に声の持ち主が浮かび上がった。 白衣のポケットに両手を突っ込んだままの彼女はモノリスを一顧だに せず地上の一点を見つめていた。その瞳は彼女にしては不思議に険しい。

彼女はふと視線を自分の息子に移し、わずかばかり眉をしかめた後 振り返ってモノリスからいつのまにか人の形に戻っている彼を見つめた。 周囲もゲヒルン研究所の一室に変わっている。

「あの時点で未来はまだ何も確定してなかったんですから」
「ではあれは何者だ」
「より未来のあの子、ですね。だからたぶん ‥‥」
「鍵の一は持っている。そう言ったはずだが?」

微笑みながら、彼女は楽しげに彼に告げた。

「だからたぶん、『鍵の一』無しで、 あの子は地上に還ってくるんだと思いますわ。キール議長」


予告
誰がどんなものを描くのか、それこそ誰も知らなかった。
動かぬ展開に業を煮やした彼は ──