「そらつぶ」の安達こまきさんが、私のイラストをイメージしたお話を書いてくださいました! ピサ勇、クリアリ前提の、ドラクエ4のお話です。
それではお楽しみください。
◆◆◆◆◆ エンドール。 色んな場所を巡ったけれど、確かにこの国の城下町はどの国よりも栄えている。 立ち並ぶ立派な建物。 そして、活気に満ちた人々。 ルーラを覚えたあたりから、情報も物資も入手しやすいこの城下町は、トルネコの家があることもあって僕等にとっても拠点にする ことが多い。 だから、短い旅の中で数え切れないくらい来た街だ。 宿屋の主人にももう顔見知りだし、仲間達にとっても馴染みの店さえある。 …でも、僕は少し…、いや、かなり苦手だった。 「月が綺麗だわねぇ〜」 そんな事を言って、ご機嫌な様子でマーニャが杯を傾ける。 宿の1階にある酒場兼食堂の窓からでも、今夜の満月はよく見えた。 「ええ、本当に。禍々しいほどに綺麗な月ね」 そう答えるのはミネア。 普段は飲まない彼女も、一時は住んでいたこの町に来ると気が緩むのか今日はお酒を飲んでいた。 食事を終えて、眠るにはまだ早いし、これからどうするか考えていた僕は聞くともなしにそんな二人の会話を聞いていた。 「こんな夜はなんだかいいことがありそう」 クス、と笑ってどこかうっとりした様子で月を眺めているミネアに、マーニャも笑う。 「あんた、本当に月が好きねぇ…。禍々しいとかいいながら」 「あら、だって綺麗じゃないの」 「それは否定しないわ」 肩を竦めて頷いたマーニャと、ミネア。 そうしていると、普段はそれほど感じないのに、二人は確かに姉妹なんだなぁ、と思う。 普段は性格の差が顕著すぎてあまり似ていると感じないのに。 不思議だな。 「で?ユーリルは何をぼんやりしているの?」 クスクスと笑いながら、二対のアメジストの瞳が僕を見つめた。 突然、僕の方に来た視線に、一瞬、思考が追いつかない。 「相変わらず、ぼんやりさんなんだから」 「あら、姉さん。いいじゃないの。こんな月の綺麗な夜なんだし誰だってうっとりするわよ」 咎めるような口調だけれど、マーニャの顔は全然怒ってない。 それよりも、僕を見つめる目はとても優しい。 同じく、ミネアも。 「ああ、でも…。月に心を奪われる勇者…か。なんだかちょっと、禁断の響きね」 ミネアがポツリ、と呟いた。 その言葉に、僕は自分でも驚く程動揺する。 「え…―」 二人ともそれには気付かずに、話を続けていく。 「そうねぇ。ユーリルは天空の勇者ですもの。象徴するとするなら、太陽かしらねぇ」 「月はどうしても、闇を連想させるものね」 ――月は闇を連想させるもの…。 一瞬、込み上げてきた何かを、ぐっと呑み込んで僕は静かに席を立った。 「ユーリル?」 「どうしたの?」 「ちょっと、外に出て来るよ。まだ寝るには早いし」 ちゃんと笑えたのか、自信は無い。 でも、二人の顔からは僕がそう失敗していないことは明らかだ。 「気をつけてね」 この町が慣れた場所だからからか、二人は何も言わずに送り出してくれる。 僕は小さく頷いて、宿を出た。 硝子越しではなく、直接見上げた月の光は、銀というよりなんだかハチミツ色の光だ。 煌々と輝く光は強く、夜でも賑やかなこの町の光が霞むほどで。 「全然…違う、のに…」 呟いて、自己嫌悪に陥る。 脳裏に蘇る、銀の髪の幻影をきつく頭を振って、追い払う。 でも、心から締め出そうとすればするほど、強く、僕の中で銀の光が満ちていくのが分かる。 「禁断の響き…か」 マーニャに言われるまでもない。 禁断。禁忌。 どんな言葉を使っても僕の胸に渦巻くこの思いは、肯定されるものではありえない。 たった一度だけ…、見た笑顔。 耳に届いた、低い声。 全て、僕や村の人々を騙すための…演技でしかなかったのは分かっているのに。
デスパレスで再会した彼は…、魔王だった。 分かっていた。 あの日。 暗い倉庫の中で嘆くことしか出来なかった僕の耳に届いた、魔物達に指令を出すあの声。 たった一度しか聞いたことはなかったけれど、決して忘れられない。 あの声。 だけど、信じられなかった。 信じたくなかった。 もしも、あの時の銀の髪の詩人が本当に人間で。 あの時聞いた声と別人だとしたら。 僕が知らないうちに村を出て、無事に生き延びていてくれたとしたら。 そんな僕の微かすぎる希望は、魔物が溢れるあの城の中で粉々になって砕け散った。 旅をしていくうちに知った、彼の愛するエルフの少女の末路。 何が、彼を追い詰めたのか僕には痛い程分かるから。 僕は彼を殺すために存在している。 彼が道を達成することを阻むだけに、生まれてきた。 生かされてきた。 僕にとって大切な人々の命が、僕を生かす為に失われた。 僕は生きなければならない。 勇者として、魔王を倒さなければならない。 愛する者を失い、人間を滅ぼそうとする彼と、人間を守るべき勇者の僕。 僕と彼が相容れる事は決して無いだろう。 でも…、でも…。 天空の塔に登って、そこに居るという…竜の神に会えば道は開けるという。 顔も知らない母が居るというその城に行かなければならないと、誰もが僕に告げる。 万が一。 億が一。 全てが上手く行く方法があるのならば。 僕はどんな事をしても、その道にすがり付いてしまうかもしれない。 たとえそれが、勇者として間違った道だとしても。 そんな方法が…あるはずは無いと分かっていても。 それでも願わずにはいられない。 彼を救いたい。 彼に、もう一度会いたい…、と。 空を見上げる。 そこにあるという城の姿は、当然だけれど見えない。 (…僕に勇者の資格を与えた事を後悔していませんか…?) 魔の消滅を願うのではなく。 存続する方法がある事を願わずにはいられない僕は、誰が見ても勇者失格だ。 だからこそ。 声に出して、仲間に告げるわけにはいかない。 けれど、叫び出したいくらいの想いに蓋をする。 溜息を吐いて、僕は立ち止まった。 気がつけば、繁華街から少し外れて静かな場所に歩いてきてしまったらしい。 あそこに見ているのは教会だ。 「あ…」 「あれ。ユーリル」 教会から出て来たのは、クリフトだった。 彼の職業は神官なわけだから、不自然ではないけれどこの時間となると珍しい。 「どうしたの?」 そしてもっと珍しいのは、教会の扉から出て来たばかりのクリフトの顔がどこか悲し気なものだったからだ。 「あ、いえ…、なんでもないんです」 慌てて首を振るクリフトに、そう、と頷く。 クリフトは僕より三つ年上。 僕とそれほど年が違わないのに、城で神官が出来るっていうのはとても優秀らしい…っていうのはトルネコに教えてもらった。 僕が生まれた村には、僕に一番年が近かった剣術の先生でさえ、十歳以上年が上だった。 だからクリフトが仲間になった時は嬉しかったっけ。 「僕は、散歩してたんだ」 クリフトが話したくないことなら、聞かないでいい。 誰にだって話したくないことはある。 実際、僕だって、クリフトに会う前に考えていたことは、誰にも話せない。 「月、綺麗でしょ?」 だから、あえて陽気に笑う。 『僕』らしく。 せめて、皆が安心していられるように。 「ああ…―、本当ですね」 頭上を指差した僕を見て、視線を空に向けたクリフトはふんわり微笑んだ。 煌々と明るい月。 禍々しいかもしれない。 闇の象徴かもしれない。 でも、そんなの人間が勝手に付けたイメージで、こうして実際見上げていると、少しだけ鬱屈した何かを洗い流してくれる力は、嘘じゃないと思うから。 「…ありがとうございます」 「え?」 「ユーリルが教えてくれなければこんな見事な月に気付かずに宿に戻るところでした」 「そ?でも、きっとクリフトは僕が教えなくても気付いたと思うけどな」 こんなに明るいのだから。 そう、告げようとした時、クリフトが首を振る。 「いいえ…、貴方がそうして笑って教えてくださったからこそ、私は顔を上げようと思えたのですよ。ユーリルの笑顔は、いつも私達を元気にしてくださいますね」 「……クリフト…。そういうのは、僕じゃなくてアリーナに…」 「姫様の笑顔は…特別です」 「ぷっ…」 アリーナの名前を出したとたん、穏やかな声に焦りが含まれるから僕は笑ってしまった。 クリフトが、とてもとても大切にしているアリーナは、僕と同じ年齢のサントハイムの王女様だ。 向日葵みたいに元気な笑顔の女の子。 彼女の笑顔は、今まで何人も見てきた綺麗に着飾っただけのお姫様のそれとは全く違う。 天性の明るさと、そして、真実から逃げない強さをもった笑顔。 僕にとって彼女は大切な仲間で、親友だ。 「ユーリル」 「ん、ごめんごめん」 笑ってしまった僕に、クリフトの声が不機嫌になるのがまたおかしい。 年上でいつも穏やかな彼がこうして感情を表に出すのはいつだって彼女が関わった時だけだ。 それに気付いていないのは、仲間の中でたった一人。 当のアリーナだけ。 そして、クリフトも。 アリーナが一途に視線を向ける先にいるのが自分だということに気付いていない。 「笑いながらでは説得力がありません」 「うん、だよね」 だって顔が緩んでしまうんだもの。 仕方が無い。 嬉しくて。 羨ましくて。 「クリフト」 「えっ?」 僕は味方だからね。 そう、口にはしない代わりに僕よりも少しだけ背の高いクリフトの肩を抱く。 「ユーリル?」 僕には分からない。 僕にとっては、同じ大切な仲間であるアリーナとクリフトの間にある身分の差とか。 アリーナが背負わなければならない義務とか。 クリフトが夜の教会でひっそり懺悔しなければならない程の、罪とか。 大切な仲間の二人が、想いを通じ合えない、そんな理不尽な事情とか。 僕だけは、納得しない。 認めてあげない。 「絶対、頑張って。負けちゃダメだよ」 「ユー…」 驚いた顔をしたクリフトに笑って見せる。 僕には、出来ないから。 だから。 「あ〜〜!二人ともこんなところに居た!!」 背後から元気いっぱいの声が聴こえてきたのはその時だ。 僕とクリフトが振り返るより早く、とん、と柔らかい重みが僕とクリフトの背に伸し掛かる。
「アリーナ?!」 「ひ、姫様!」 驚いた僕等の背中に抱きついてきたのはアリーナだ。 助走の音すら聞こえなかったのはさすがの身軽さと素早さだと思う。 「もう。探しちゃったわ!ブライがカジノで大当てして、大変なの!景品どれにしようかって、相談してるところなのよ!なのに、肝心のユーリルもクリフトもいないんだもの」 「わ、そうだったの?」 そういえば、宿屋でブライもアリーナも見ないと思ったら。二人でカジノに行ってたのか。 「姫様。はしたいないですよ。こんな飛びついたりして」 真っ赤な顔して言っても説得力ないけどなぁ。 苦笑して見つめる僕の前で、アリーナは楽しそうに笑う。 「だって、ユーリルとクリフトだけずるいわ」 「ずるくありません。早くどいてください。二人分は重いです」 「まぁ、クリフトったら失礼ね!」 二人の言葉の掛け合いは微笑ましいけれど、さっきのアリーナの言葉が本当なら僕はこうしてはいられないわけで。 「アリーナ。ブライが勝ったってどれくらい?」 「それがすごいの!200000枚よ!」 「えええ!それ、はぐれメタルヘルムが2個ももらえる枚数だよ!」 ああ、でもあと5000枚がんばってゴスペルリングもいい、かも…と思って、固まった。 宿屋には確かマーニャがいたはずだ。 珍しくカジノに行かないでお酒なんか飲んでいたけれど、彼女がこの話を聞いて黙っているはずがない。 「アリーナ、もしかしてマーニャにこの話…」 「してない、けど。知ってると思うわ。カジノ中大騒ぎだから」 「わっ、どいて!急がないと!」 せっかく当ったコインが全部無くなる! もともと軽いアリーナは、ほんの少し力を入れたら降りてくれて、僕は二人を置いて慌てて走り出した。 「ユーリル!待ってよ〜」 「ひ、姫様、そんなはしたない!お待ちくださいっ!」 そんな僕の後を、アリーナが。 その彼女の後をクリフトが追いかけてくる。 僕の頭の中は、きっと今頃ブライからコインを奪ってさらに増やそうと無茶な勝負に出ているだろうマーニャを止める方法を必死で探していて。 ああ、お願いだからミネアが食い止めてくれるといいのだけれど…。 必死に走る僕の頭上ではやっぱり月が穏やかに輝いていたけれど、僕はもうその事を考える余裕さえ無くしていた。
時にせつなく、時に心温まる、キャラへの愛情あふれる素敵なお話を読むことができて、本当に幸せです。 いつもどうもありがとうございます!