奥能登の内海(石川県珠洲市・能登町 2006.08 by 兄山女)


石川県能登からの画便りです。

奥能登の珠洲の妻の実家から約1時間。九十九湾の一角に真脇縄文遺跡。 六千年前から二千数百年前まで集落をなした縄文時代の遺跡。四半世紀 ほど前に水田の下から発掘された。


【真脇の丘からの九十九湾】
約四千年もの長い時を人びとが継続して 生活を営んできた。発掘された骨の9割かたがイルカ、ほかにはニホンジカ、 ニホンイノシシ、アシカ、トド、オットセイ、クジラ・・・・。イルカといえば近くの 江の島水族館でショーを演じる可愛く利口な水棲動物とばかり思っていたが、 縄文人の口に入り、他にも油・皮・骨・筋が利用されてきたとは。春や夏に 回遊してくるイルカを集団で湾の奥に追い込み、槍で突く方法で獲っていた。


【日本漁業発祥の記念碑】
現に、江戸時代から昭和の初期まで、この地方では「真脇のイルカ回し」と 呼ばれる漁法が続けられたという。廻り来る季節の恵みに集団で対応、 それが「日本漁業発祥の地」の由縁らしい。 海を袋状に囲む湾、その湾を小高い丘が囲み、その間の平坦な土地は今では稔りを迎えようとしている 水田となっている。その水田の底には、縄文時代の土器や骨や黒曜石等の 石器。波静かな奥能登の内海にも、数千年にまたがる文化が何層にも積み重ねられている。

【遺跡に隣接する水田】


【珠洲の海】



【兄山女の歌】

ぽっかりと海に浮かべば太陽が我が顔をのみ照らすここちす

濃密な夏の浜辺に焚火していつしか空に天の川みる

朝日子の昇りてきたる珠洲の海波の枕をこらえきれずに
奥能登の浦のわずかな水田に層をかさねて海民眠る

めぐりくるイルカ漁(すなど)る海の民隔たりあまりあくび出るほど

琥珀・翡翠・黒曜石の玉残るいにしえ真脇ひろがる視界

いまもなお「のと鉄道」の「宇出津駅」看板ありてタクシー停まる

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綿々と続いた6000年もの生活の営み。 自然の恵みの偉大さを感じます。【十三里】
   
 
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