奥能登の珠洲の妻の実家から約1時間。九十九湾の一角に真脇縄文遺跡。
六千年前から二千数百年前まで集落をなした縄文時代の遺跡。四半世紀
ほど前に水田の下から発掘された。
【真脇の丘からの九十九湾】 |
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約四千年もの長い時を人びとが継続して
生活を営んできた。発掘された骨の9割かたがイルカ、ほかにはニホンジカ、
ニホンイノシシ、アシカ、トド、オットセイ、クジラ・・・・。イルカといえば近くの
江の島水族館でショーを演じる可愛く利口な水棲動物とばかり思っていたが、
縄文人の口に入り、他にも油・皮・骨・筋が利用されてきたとは。春や夏に
回遊してくるイルカを集団で湾の奥に追い込み、槍で突く方法で獲っていた。
【日本漁業発祥の記念碑】 |
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現に、江戸時代から昭和の初期まで、この地方では「真脇のイルカ回し」と
呼ばれる漁法が続けられたという。廻り来る季節の恵みに集団で対応、
それが「日本漁業発祥の地」の由縁らしい。
海を袋状に囲む湾、その湾を小高い丘が囲み、その間の平坦な土地は今では稔りを迎えようとしている
水田となっている。その水田の底には、縄文時代の土器や骨や黒曜石等の
石器。波静かな奥能登の内海にも、数千年にまたがる文化が何層にも積み重ねられている。
【遺跡に隣接する水田】 |
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【珠洲の海】 【兄山女の歌】 ぽっかりと海に浮かべば太陽が我が顔をのみ照らすここちす 濃密な夏の浜辺に焚火していつしか空に天の川みる 朝日子の昇りてきたる珠洲の海波の枕をこらえきれずに |
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奥能登の浦のわずかな水田に層をかさねて海民眠る めぐりくるイルカ漁(すなど)る海の民隔たりあまりあくび出るほど 琥珀・翡翠・黒曜石の玉残るいにしえ真脇ひろがる視界 いまもなお「のと鉄道」の「宇出津駅」看板ありてタクシー停まる 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 綿々と続いた6000年もの生活の営み。 自然の恵みの偉大さを感じます。【十三里】 |
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