説得する男

真下マヒロ:作

 警察無線の声。
「――三丁目のスーパーマーケット『あいとも』で強盗事件発生。犯人はそのまま同スーパーに籠城中。犯人は猟銃のようなものを所持とのこと。従業員の女性が一名、人質になっております。その従業員の氏名は山川田谷子さん38歳…」

 青空。機動隊員。スーパー『あいとも』の前。雛餅警部登場。安っぽいグレーのコート。肩からスピーカーをぶら下げている。そのスピーカーには『警視庁』のでっかい文字。機動隊員達が持つジェラルミンの盾で出来た壁の前に仁王立ち。スピーカーがハウリング。雛餅警部、耳にイヤホンを入れる。無線の小さなマイクを襟につけ、その小さなマイクに向かって「何分かかる?そうか、よし。わかった。何とかやってみる」
「ああ。ああ。籠城中の犯人につぐ。このスーパーは完全に包囲されている。速やかに人質を開放し出てきなさい」
 辺りはしんと静まり返る。
「拳銃は持っていない!丸腰!本当!」
 雛餅警部、コートの前を広げてみせる。ポーズ。
「君がなぜこのようなことをしたのか知らないけどさ、その人質になっているおばさんには関係のないことだろう。その人質のおばさんにも家庭がある。子もいる。夫もいる。上の子供は今年中学校にあがるそうだ。下の子は小学校3年生の女の子。子供は二人とも育ちざかり食べ盛りで食費もばかにならんだろう。家計の為にパートに出ているおばさんなんだよ。そのおばさんが手に持っているカニクリームコロッケだって、お惣菜売り場のパートのおばちゃんたちが、あらあらパン粉付けすぎちゃったとか言いながら、丹精こめて作った物なんだよ。カニクリームコロッケだってまさかおばちゃんの手の中で握りつぶされる運命とは思ってなかったと思うんだ。絶対」
 雛餅警部、一瞬の間をとる。
「大変なんだよ。みんなさぁ。特に今は不景気じゃない。どんどんエンゲル係数上がっちゃってさ。今月の食費をひねりだす為に『お父さんのネクタイ千円のでいいわ』とか言って買ってきてタンスの中を安いよれよれした生地のネクタイでいっぱいにしたり、売り出しの靴下三足五百円の籠にむらがって履く前からストッキングみたいに薄い靴下をいっぱい買い込んだりして。いいのを一つ買ってくれば長持ちするんだよ。こういうのを安物買いの銭失いっていうんだ。だけどついつい安いの買っちゃうんだよなぁ、分かるんだけどさ。それで、たまには奮発してさ、父ちゃんが『寿司でも食べにいこう』なんて言うんだ。この『寿司でも』って所に妙に力いれちゃって。カウンターで食うぞとかいって勇んじゃってさ。そしたら子供たちは回らない寿司は嫌だとか言うんだ。回らないのは寿司じゃないと思ってるんだな。それで行ったら行ったで子供たちは何の遠慮もなく青い皿のトロとかウニとか食うんだよ。父ちゃんなんか財布なんども確認しちゃってさ。自分はサラダ軍艦巻しか食わないの。百円の白い皿の、あのシーチキンのマヨネーズ和えみたいなのが乗ってるやつ」
 銃声。
「撃つなよぉ!こっちは丸腰なんだから。ほんとに」
 コートを脱いでワイシャツ、ネクタイ姿になる。
「ほら!ほら。拳銃もってないだろ」ポーズ。
「…まあそういうことで人質のおばさんにも家族がいるんだ。夫婦共働きでやっとこ暮している善良な市民なんだ。その慎ましやかな生活をしているおばさんを人質にしてまでスーパーに立てこもろうっていう理由はなんだ。借金か、女か。ふられたのか。そうか、ふられたんだな。ふられた腹いせにスーパーに立てこもろうって魂胆だろ。それで誰々を呼べとかいいだすんだ。そうだ、そうだな。」
――間。
 銃声。
「撃つなよ!、そして変な間はやめろよ!撃つならすぐ撃てよ!」
 ワイシャツとズボンも脱いで、白い半そでシャツとステテコ姿になる。
「ほら!ほら。拳銃もってないだろ」ポーズ。
「…俺もさ、ふられたよ、恵子に。恵子ってスナックのホステスなんだけど。茶髪でさ、紫のスーツなんかきこんじゃってさ。スナックの照明の下でみると、これがまたきれいなのよ。俺も刑事なんかやってるとさ、世の中の汚い部分とかみるわけよ。そしたらさ、やっぱ酒にいくじゃない。きれいにさっぱりと忘れたいんだな。だから仕事がひけると行くんだよね。スナックとかさ。俺も刑事なんて肩書き捨てちゃってさ。ただのサラリーマンみたいな顔して、歌とかうたうわけさ、越路吹雪とか。そしたら、やっぱり気持ちいいわな。恵子なんかも喜んじゃってさ。『ねえもっと歌ってよ』ってさ。カラオケのリモコン持っちゃって、あれ歌ってこれ歌って。もうさ、この歳になるまで女にちやほやされたことなかったからさ。もううれしくなっちゃって。通ったんだよね、毎日。毎日通うとお金も馬鹿にならないじゃない。財布もつらくなってきたのよ。だからさ、恵子のアパートの場所聞き出してさ。教えてくれたよ、あっさりと。それでいったんだよね。恵子のアパートに。俺も見栄があるからさぁ。手ぶらじゃ行けないじゃない。まあ、今思えば恵子の方もそれを知ってて教えたんだろうけどさ。前 にも増して財布がつらくなってきたのよ。でもなんとかひねりだしてさ、家の資金とか、車の資金とか。でもそうやって通帳の額がどんどん減ってきゃかみさんも気づくわな。やっぱりさ、ばれたばれた。出ていった。子供三人いたんだけどさ、家にかえったらよ、誰もいないの。ランドセルもさ。ファミコンもさ。みーんな出てっちゃった。真暗な家ん中がしーんとしてよ。恐かったな。ありゃあ恐かった。そいでさ、俺も馬鹿だったんだけどさ。そのまま、恵子んとこに行ったんだよね。手ぶらだったよ。その時は。それまではこれから行くって電話いれてから行ってたんだけどさ、その日は電話いれなかったんだよな。もう電話なんかいらない仲だろうってさ。そしていってみたら、いたんだよね。背中に絵のかいてあるおじさんが。『お前誰だ』って凄まれてさ。『恵子も誰?貴方』ってさ。おじさん眉間に皺よせて俺をにらんだね。まあおれも一応警官だからさ。びびったりはしないけどさ。まあ、へんな汗が脇の下を降りていったな。そのまま一目散にかみさんの実家にいってさ。手ついて謝ったさ。いろんな意味で泣きたかったな。っていうか…泣いたんだけどさ。だからさ、スーパーに立てこもん なくてもさ、何とかなるだろ、人生なんてさ。だからさ、もうやめようよ。ねえ。頼むからさぁ。やめてよ。ねぇ。やめたほうがさ、いいんだよ。いますぐさぁ。君の為なんだよ。俺の言ってる意味、わかるだろ。頼む」

間。

 大きなため息をついて雛餅警部が耳のイヤホンに手を当てる。そして襟に付けた小さなマイクに小さな声で「わかったよ」と言った。
 青空。しばらくして一発の銃声。
――間。
「――犯人を射殺。人質を確保。――」 警察無線の声。

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