贋作・蜘蛛の糸
マヒロ・作

 或る日のことでございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、「わたし釈迦よね〜お釈迦さんよね〜」などと歌いながらぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました。蓮池の周りには薄い衣を身に纏った美女たちがことこと笑いあっております。

 やがて御釈迦様はその池のふちにお佇みになって水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子をご覧になりました。
 この蓮池の下はちょうど地獄、血の池でございました。御釈迦様は目をこらしてその血の池の惨状をご覧になっておられます。そして御釈迦様は血の池の中に浮き沈みするカンダタという男にお気づきになられました。
 そのカンダタという男、生前、コロシや放火、強盗などをしてきた相当な悪でございましたが、それでもたった一度だけ良い行ないを致した覚えがございます。
 それはこの男が森を歩いていた時に蜘蛛を一匹助けたというとんでもなく些細なことでございました。
 ぼんやりとその男を眺めておられた御釈迦様はピーンと何か思いつかれました。
「蜘蛛の糸を垂らしてやりましょう。そうすればカンダタの奴、それを登ってくるに違いない。どうせカンダタの奴、とんでもないエゴイストですから、糸の下から登ってくるであろう罪人達に『この糸は俺のものだ!』とか叫ぶでしょう。きっとそう言います。これは面白い見世物が見れるかもしれませんよ」
 御釈迦様は心の中でケケケとほくそ笑まれました。
「えっと蜘蛛蜘蛛と・・・。いたいた。」
 御釈迦様は蓮の葉に蜘蛛の巣をはろうとしていた黒い大きな蜘蛛をむんずと掴みました。
「イタイイタイ。御釈迦様、イタイッスよ。なにするんスか。」
「蜘蛛よ、ちょっと手伝ってくれまいか。」
 といいながら、嫌がる蜘蛛の糸の端を手に取り地獄の底にまっすぐ下ろされました。

 こちらは地獄。血の池でございます。
 カンダタは血の池に浮き沈みしながら考えていました。
「暇だな。何かねえかな。おねえちゃん達の脚を見るのも飽きたしな。」
 血の池からにょきにょきと生えた沢山の脚は艶かしく血に濡れています。その脚の持ち主をカンダタは知りませんでしたが、血の池の悪人仲間に、
「あれは極楽から落ちてきた美女達の脚だぜ」
と教えられていました。
 それでカンダタは血の池の上に極楽があるという事を知ったのですが「極楽なんて何もない」と始終聞かされていたので何の興味も湧きませんでした。
「ああ、暇だ・・・もう一回潜ってみるか・・・」と思って大きく息を吸いこんだその時でございます。
 目の前に細い銀色に光る糸がゆっくりとおりてきたのです。「はて、これはなんだ」とおもっていましたが手をのばして掴んでみるとかなりの強度があることに気づきました。
「ちょっと登ってみようかな。」
 カンダタはヒョイッと身体を浮かせて糸に掴まりするするとのぼっていきます。それは日頃から血の池でスタミナ満点の生き血などを飲んでいるカンダタにとってとても簡単なことでした。
 何時間か経って「さて、どのくらい登ってきたのだろう」と下を見下ろしますと、さっきまで自分がいた血の池はほんの豆粒くらいの大きさにしか見えなくなっています。これはもう極楽に着いたも同然と思った時、蜘蛛の糸が妙に軋むのに気がつきました。カンダタが目をこらして自分が登ってきた糸の端のほうを見ますと、来るわ、来るわ、罪人達が我先にと糸を登ってまいります。罪人達は蟻の行列のようになってカンダタの後を登って来ていたのでした。
 カンダタはしばらくの間ぽかんと口を開けて下を見ておりましたが何を思ったのか急に拳を振り上げて大きな声を出しました。

「イエイ。罪人ども。このファッキン・カンダタ様についてこい!いっしょに極楽でハッピーなライフをエンジョイしようぜぃ!」

 すると糸の下のほうから「イエ〜イ」

 驚いたのは極楽からその容子を見ていた御釈迦様でございます。
「うそぉ。やばいじゃないの」とおろおろされ始めました。
「これ蜘蛛や。その糸を切っておしまいなさい!」
「だけど御釈迦様。カンダタ結構いい奴ッスよ。切る理由ないんですけど」
「早く。ああ、もうあんなに登ってしまっている。早く!早く切るのです」
「いや、しかし。助けてやろうって言い出したの、御釈迦様じゃないッスか。そんなのずるいッスよ」
「・・・・どうしましょう」
「なるようにしかならないんじゃないッスか。」

 カンダタはとうとう極楽の蓮池まで到達しました。その後からもぞくぞくと罪人達が到着してきます。カンダタは蓮池のふちに立って大きく伸びをしました。そして蓮池の周りにいた美女達に言い放ちました。
「オーケー、このカンダタ様とその他大勢がおめー達を本当の極楽に連れていってやるぜ」
 極楽にいる優しいだけの男達に飽き飽きしていた女達は地獄から来た刺激の強い、一癖も二癖もある男達にもうメロメロです。

 その容子をじっとご覧になっていた御釈迦様はやがて悲しそうな御顔をなさりながら、又ぶらぶら御歩きになり始めました。
「わたし釈迦よね〜お釈迦さんよね〜」

カンダタ達に占領された極楽はそれまでよりも一層、楽しくハッピーになりましたとさ。


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