プリウス時代

ハイブリッドとトヨタの安心感の切っても切れない関係

プリウスは営業の人が静かに駐車場に入れてくれた。家の中で手続きを終えると、早速説明をうけた。心配だった電池などのハイブリッド・システムの故障の件については、トヨタが威信を懸けて万全の体制を取ると言う気迫ある説明を受けた。要するに、全国のトヨタ店が連携してJafなみに対応に当たるというものである。

この点はすでに「プリウス・マニア」ホームページに詳しく書かれているとおり、プリウス発売以来かなり忠実に行われているようである。一部の説によると、予期しない問題が生じたケースでは、開発担当者で現在トヨタの重役になっている内山田氏が直々にその人の家まで行って、ヒヤリングなどを行っていると言うから、トヨタの姿勢は半端ではない。

日産ファンの私から言うのも何だが、もしこのクルマが日産から発売になっていたとしたら、私は買わなかったかも知れない。この手のクルマは作ればそれで終わりというものではなく、作ってからユーザーとともに育てていくクルマだからだ。残念ながらユーザーの意見を吸い上げる体制が整っていないメーカーには、この手のクルマをとりあえず売り出すことはできても、定着させることはできないだろうと、現在痛感しているところである。

小さくて、広く、明るい

=ドイツ車に対するアンチテーゼか?

クルマをまず見て感じたことは、えらく小さいな、と言う印象だ。実際取り回しは大変によい。これはたぶんに回転半径が小さいため(Uターンが一発で決まるのは快感に近い)であろうが、やはり細かいところの車体の基本設計がよく考えられているのであろう。

ところが中に入ってみると、意に反して広々している。運転席に座ってみるとわかるのだが、天井までの十分なスペースがあり、後席もかなり余裕がある。それと、見晴らしがとても良い。

プリウスとパルサーをしばらく二台乗り比べてわかったことは、プリウスは目線の位置が高いことに加え、フロントガラスの開口度が大きく、やたら視界がよいのである。しばらくプリウスに乗っていると、雨の日の夜はパルサーは恐怖と緊張でやたら疲労感を強く感じた。

後部の視界については、標準的であるといえる。購入に際して、リヤワイパーがないのが気になったが、私にとっては現在に至るまでなくても全く問題ないことがわかった。

クルマの乗り降りは、車と人にインターフェースを示す一つの指標でもある。そのクルマへの乗降だけでもいろいろなことを発見した。プリウスのドアは、ヒンジが斜めに取り付けられているのか、開いた時に上部の開口部がより広くなるようになっている。また、フェンダーピラーの内側絵の傾斜がほとんどなく、車が基本的に箱形であるので、乗り込むときに一層上部の開口度が広くとれているようである。

さらに、着座位置が高めに設定されているおかげで、いわゆる「どっこいしょ」と言う感じではなく、「すーっと」乗り込めるようになっている。これによって、乗り降りの時のストレスは大幅に改善されている。こういう地味なところは、あまり宣伝のポイントにならないが、実によく考えられてこのクルマができていることの一端である。

インテリアについては、当初は結構軽々しすぎて、なんだか家電製品のようだと思った。アンケートでも内装はあまり評価できないと書いてしまった記憶がある。ところが半年以上乗っていてわかったことは、この明るめのインテリア・デザインは、乗る人間のストレスを軽減し、夏場の室内の温度上昇を大幅に低減していることが判明した。そして、プリウスに乗っているといつも感じる疑問、「何で今までのクルマがこうでなかったのだろう」と言うところに行き着くのである。

思うに、日本車のやたら黒っぽい重厚な内装は、ヨーロッパ車(特にゲルマン系のドイツ車)信仰の風土からもたらされたものではないかと、感じている。私は、フランス・イギリス・スイス・イタリアにしか行ったことはないが、これらのヨーロッパ諸国の部屋は、どこの家も皆間接照明で薄暗く照らすのが普通である。これは彼らの目の虹彩に色素が不足しているため、明るい光が好まれないことによるのだと説明を受けた。あるいは、都市がいずれも石造りの重厚な建造物でできているので、そういう重厚さや落ち着き感が美的感覚の源流にあるのかも知れない。そう、日本車(特にホンダと日産あたり)の内装はまるでヨーロッパの夜の部屋のように暗く、重かった。

しかし、我々日本人はやはり煌々と明るく照らすのが好きな人種である。パリ在住の日本人たちも、最も明るく輝くハロゲンランプを使って室内を明るくし、とかく暗くなりがちな気分を少しでも明るくしようとしている。私はプリウスに乗って、やはり自分は日本人なのだと言うことを実感した。明るいほうが落ち着くのである。それに夏場暑くなりにくいのだから、申し分はない。きっと夏場の燃費を0.5km/l程軽減しているに違いない。(だからといって夏場眩しくなるようなことがないように、絶妙な明度が保たれていることも言っておかねばなるまい。)

書いているときりがないほど発見があるが、これはまた次回の「発見の日々」で書くことにしよう。

普通に使えるすごいクルマ

さて、待ちに待ったプリウス発進の時である。プリウスはキーをひねるとマルチ画面に「Welcome to Purius」とでる。まるでパソコンのようである。エンジンが暖まっているときは、キーをひねってもエンジンが動き続けなかったりするのである。と言うわけで私はプリウスのエンジンをかけることを「起動する」と呼んでいる。これはおそらくプリウス・ユーザー共通の感覚であろう。

さてプリウスを「起動」しておそるおそる走り出してみる。この時すでに営業所から自宅まで来る間にエンジンが暖機されており、エンジンはすぐに止まっていた。

音がしない!静寂の中するすると走り出すのは、興奮以外の何ものでもない。静かなのだが、意外にトルクが太い。これがモーターで動くと言うことか。少しアクセルを踏み込んでやると、ぶるっとエンジンに「火がともる・着火する」(これもプリウスユーザーならではの表現だ)。そこにはほとんど違和感というか、ショック感がない。とんでもなく成熟されている。ここらへんは数年前のオートマのほうがショックが大きいのではないかと思われるほどだ。正直言ってこの時点で、トヨタの技術力に参ってしまった。まさかここまで熟成されているとは。

静けさに興奮しつつも、町中を走り出すと、さらにそのスムースさに驚く。変速ショックのない無断変速と、トルクが低回転数からフラットに出るモーターの特質上、滑るように走り出すのである。まるで、自分が電車の運転手になったようである。(この点で私は鉄道マニアあるいは電車でGoにはまっている人にプリウスをお勧めできる)

ブレーキを踏むと、これがまた鉄道マニアなら泣いて喜ぶヒューンと言うあのインバータ音がする。このブレーキがまたべらぼうに良く利く。購入前に「かっくんブレーキ」は要改善と書いていたそこの評論家!このブレーキのどこが問題なんだ?カーグラは珍しくこのブレーキを絶賛していたが、私もその意見に大賛成。ブレーキは踏んだらその分効くのがよろしい。とにかく踏んだら「ガツン」と効きます。カーグラでは「ポルシェ並の効き方」と書いてあるが、その通りだろうと思う。そこのあなた、プリウスの後ろについたら要注意ですよ。絶対お宅のクルマよりブレーキは利きますから。実はプリウスの中で一番気に入っているのがこのブレーキだったりするのだから、クルマの評論というのは難しいですなぁ。

ブレーキで言いたいことは、まだある。このブレーキは踏むとお得なのである。エネルギー回生というらしいが、今まで熱として大気中に放出していたクルマの運動エネルギーの一部を、発電器によって再利用可能な電気に変換し、電池に蓄えるのだ。こういう発想は、西洋人は思いついてもやらないものである。実に日本人らしい、良い意味でチミチミしたテクノロジーだ。思えばプリウスというクルマ、さっきの明るい内装のように、こういうチミチミした改善を積み重ねて、燃費を向上しているのである。そういう意味では、プリウスは「ウオークマン」、「携帯電話」、「電卓」、「インスタントラーメン」、「盆栽」、「箱庭」、「浮世絵」、「フジヤマ」、「ゲイシャ」のようなクルマである。ニッポン万歳、外国には真似のできんニッポン・マインドあふれるクルマの誕生だ。

ここまで興奮して書いていて忘れたが、一番大事なことはこのクルマがごく普通に乗れて、しかも燃費が程度の差はあるが必ず良い、と言う点である。つまるところ、環境に貢献しようとして禅僧のような運転を心がけなくとも結構、とりあえず今まで通りの使い方でも確実に環境問題に貢献できまっせ、と言うクルマなのである。もちろんこのクルマを禅僧のような乗り方(真夏でもエアコンを極力使わない、決してアクセルを1cm以上踏み込まない、どんなにあおられてもマイペース・定常走行を守る、できるだけモーター走行をする、高速でも80〜90km台の経済速度で一番左側を走る、邪念の出るCDなどはつけず、絶えず燃費改善と念仏(私はクリスチャンなので聖書の言葉か?)を唱えるなど)をすれば、たちまち驚異的な燃費値を記録することができる。

プリウスは普通に見えて本当はすごいポテンシャルを持っているクルマである。ある意味で、「羊の皮をかぶった狼」いや「羊を革をかぶったパンダ」・・・かなぁ?

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